命と引き換えに金を欲しがるのは強盗であるが、女はその両方とも欲しがる。
サミュエル・バトラー
…………
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以前、生まれて初めて女の子と連絡先を交換したという話を書いた。
そのあと、女の子から誘われて食事に行ったという話だ。
↑ ①
↑ ②
それが人生の初デートだった。
さて、その一軒目の居酒屋に行った後の話……
食事も終わり、1時間程度で店を出た。時計は8時くらいを回っていた。
まあ当然、2軒目に行こうという流れになる。
俺が近くに住んでいるとはいえ、普段ずっと家で寝て過ごしているので、次の店など見当がつくはずがない。
隣で女の子のHカップの胸が揺れる。
「あ、ダーツバーがありますよ。あそこに入りませんか?」
そこに決定。
ダーツバーなんて初めて入るので、店にダーツが置いてあるのも物珍しく感じる。
適当に酒(甘い。苦い酒は飲めないので)を頼み、店員に言ってダーツで遊ばせてもらう。
「じゃあ。彼女さんはこっちね」
店員には男女のペアというだけでカップルに見えるのだろう。
俺も悪い気はしないので、気持ち悪い顔でニヤニヤと笑っていた。
女の子の表情はわからない(俺は女の子の顔すら見るのが恥ずかしいので)。
開始。
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負けた。
しかも2戦2敗である。
「結構簡単ですね~」
「あ、ああ……」
昔から勝負事は苦手なのだ。
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その後はちびちびと酒を飲みながら「ダーツバーって初めて入るから興味深いナァ」、みたいな話をした(話題の引き出しがないので話が面白くない)。
いま思えばもうこの時点で、すでに俺は終わっていたんだ。
俺が甘い酒を飲みながらフライドポテトを無心につまんでいると、女の子がスマホを弄りだした。Hカップの胸を見る俺。
しばらくして女の子は顔を上げ、切り出してくる。
「あの、知り合いを呼んでいいですか?」
「あっ……うん」
「男の子なんですけど」
「!?」
「ダメですか?」
「いや……いいよ」
「やった~!じゃあ連絡しますね!」
数十分後、店のドアが開く音。
「っちゃ~っス」
「あっ♪ こっちこっち!」
自然な動作で女の子の隣に座る男。
20代前半くらい……体育会系の、筋肉ムキムキのオラオラ系な雰囲気の男だ。
そして、顔が整っていた。
「あの…、どちら様ですか?」
「えっと……(ここで男と目を合わせる)……元カレです♪」
「!?」
「まあ、そんな感じっすね。よろしくお願いしまっす!」
「……ぁっす」
なるほどね。
そういうのもアリなのか。
とりあえず年齢を聞く。
「今年21っすね」
(しかも年下じゃねぇか…!)
ここで早くも気分が落ち込んでくる。
俺が大学の部室で男同士で延々とスマブラDXをやっていた時期を思い出した。
もちろん女性経験などあるはずもない。
「ごめんね~、呼び出しちゃって!」
「いや、俺も久しぶりに会いたいと思ってたんでちょうど良かったわ」
そこからは俺が完全に会話の外に出される。
話の断片から察するに、高校時代に付き合っていた間柄(もちろん”男女の”だ)らしい。
「ねぇ~? 仕事はどんな感じ?」
「今は貯金してるところ」
(高卒で働いてるのか……しっかりしてるな……)
「え~? いくらくらい貯まったの?」
「50万くらいかな?」
(……俺、負けてんじゃん!!)
落ち込む。
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「それで……」
しばらく二人の話を聞いていたら、ふいに俺の方を向く男。
「え?」
「こいつとはもう”ヤった”んですか?」
「!?」
「ちょっと! も~、そんなんじゃないから!」
「だって気になるだろ?」
「今は! ”そういうの” いらない感じだから!」
(え、やっぱそうなの?……)
そこからはシモのトークが開始。
「クリスマスにプレゼントも買わないで、ホテルでセックスだけするってどう思います?」
「いや、あの後買ってあげたじゃん!」
「当日じゃないでしょ! クリスマスって日が重要なの! 別の日にもらっても嬉しくもなんともない!」
「でもさぁ、あのネックレス高かったんだぞ?」
「でもじゃないでしょ!?」
「どう思います?」
「まあ……クリスマスは当日が重要って気もするね……」クリスマスに女の子と過ごしたことがないから、曖昧な返ししかできない俺。
「でしょ~~!?」
「あ~……悪かったよ」
ホテルでセックスしたこともない、クリスマスに誰かと一緒に過ごしたこともない。
そもそも彼女ができたことがない……。
虚しい。
そういう会話がしばらく続いた後。ダーツバーなんだからダーツしよう!という話になる。
元カレと俺の勝負。
「じゃあよーい、ドンっ!」
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負けた。
しかも2戦2敗である。
「結構簡単っすね」
「あ、ああ……」
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「もう2時かぁ~」と元カレ。
「あ~……、電車なくなっちゃったなぁ~」と女の子。
「そうだね」
俺はタクシーで帰るつもりだったので、二人にどうやって帰るのか聞いてみた。
「俺は車で帰ります」
そう、彼は最初からソフトドリンクしか飲んでいなかった。
「そっか」と言おうとした瞬間。
「え~、じゃあ乗せてってよ」
「!?」
女の子が言う。
「まあ……いいけど」
「!?」
男が答える。
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店を出て二人を見送る俺。
そのあとの二人に何があるのか、俺には知る由もない。
もちろん年長なので飲み代は俺が全て出した。
終電を過ぎた街は静かである。
俺は、薄くなった財布に帰りのタクシー代金があることを確認し、タクシープールまで歩き出した。