東京の冬は寒い。
気温自体は実家の地域よりも高いはずなのに、肌で感じる寒さは、それ以上に鋭い。
吹き抜けるビル風。
歩くたびに、常に俺の向かい風になってくる。
とはいえ、今日はこれから人肌で暖まりに行くのだ。
―――――――
雑居ビルの地下にその店はあった。
「隣の店には入ったことあるけど、ここは初めてなんだよね」
友人が言う。
見れば、地下に数個、店の入り口がある。
ポップで彩度の高い看板が目に痛い。
こんな子供騙しのようなフワフワとした看板を通り過ぎると、男と女が金銭取引によって肌を重ねている。
めまいがした。
「40分で6000円になります」
(高い……)
ボーイに言われる。北九州のものに比べても結構高い。
それとも、東京の相場はこんなものなんだろうか。
友人は特に驚く素振りも見せず、普通に支払っている。
(…………)
(まあ……おっぱいだし……)
と意味の分からない言葉が浮かんでくる。
性欲には勝てないのである。
もしかしたら高いだけあって、可愛いくて、優しくて、俺の事が好きな女の子がいるかもしれないしさ……。
―――――――
「ではこちらへどうぞ~」
ボーイに案内され、二人がけのソファーと小さいテーブルが置かれている、四方を1mくらいの衝立で仕切られた席へ通される。
『おっぱいパブ』……または『セクキャバ』では大抵、グループで来たとしても、このように衝立で仕切られた席に一人で通される、あるいは、よくあるキャバクラと同様にボックス席に通されるパターンの2種類がある。基本的には。
今回は前者である。
俺はこの空間が苦手だった。
なぜなら、女の子と一対一で話さなければならないから。
ボックス席で、自分のグループに話すのが好きな人間がいる場合、俺が喋らなくてもほとんどその人間が場を盛り上げてくれるから。
苦しい……
緊張でいつものようにぐるぐると唸る腹。女の子が来るまでの時間が無限に長く感じる……。
「よろしくおねがいしま~す♪」
「あっ」
来た。
整った顔立ち。それに、ひどく若い。
「隣、失礼しますね~♪」
「…っす」
女の子が二人がけのソファーに身体を押し込めてくる。
女の子の胸を観察開始。
「……(小さい)……」
サイズで言うならAとBの中間くらい。
ここはおっぱいを揉む店なのだが……?
いや、小さいとか大きいとかは別にどうでも良くて、結局は揉めるか揉めないかというのが一番重要なのである。
こういう店に来てお金を払っても、揉めない時もある。
それは女性が【お触りNG】の場合もあるからなのだが、俺の場合はコミュニケーションと押しに難があるからという部分が一番デカイ。
25年間生きてきて女性に対して押しの強さを発揮したことがなく、それが女性関係が上手くいかない原因でもある。
揉みたいと頭で思っていても、身体が『いや、キモイでしょ。鏡見てみ? こいつに自分の身体を触られたいと思うか? ……さ、答えは?』と問いかけてくる。動けない。
俺は女の子と話しはじめる。
適当に「いま何歳なのぉ?」とか、「へぇ~学生なんだねぇ」、「長野出身なんだぁ……あ、うちの大学の同期が長野出身でね?」とか言った。
内容のない話をしていると、店内の音楽がアップテンポなものに変わる。
ミラーボールが回りはじめる。
セクキャバだと店の雰囲気が変わるのが合図で、女の子が膝の上に乗って、身体を触ってきたりキスをしたりおっぱいを揉めたりするタイムに突入するのである。
「失礼しま~~~す♪」
例によって女の子が膝の上に乗ってくる。
(揉めるか……?)
甘勃起。
ドキドキしていると、女の子は普通に先ほどの続きで、内容のない会話を始める。
俺もそれに答える。女の子がまた別の質問をしてくる……。
(あ……)
気づく。
(揉めない流れだ……)
こうなったら、もう俺に揉む度胸はない……。
―――――――
「お客様……まもなくお時間なのですが……」
ボーイが顔を出してくる。
「……」
「延長……いたしますか?」
「いや……出ます……」
揉めませんでした。
女の子にエスコートしてもらい、店を出ると友人が待っている。
「背は低いけど意外と可愛い女の子だったなぁ。北尾さんはどうだった?」
「まあ……普通かなって」
もちろん、揉めなかったとは言わなかった。
「じゃ、いい時間だし……メインに行くとしますか!」
そうだ……これから手コキ屋さんに行くんだった。
俺は一抹の不安を抱えながら、地上へと向かう暗い階段を昇り始めた。
つづく