小学生の頃に、『サマーキャンプ』というものに参加したことがある。
小学生ですでに引きこもり気味だった俺は、母親に連れられるままサマーキャンプを主催している団体の説明会に参加することになった。
母親は、そういった「アウトドア」「スポーツ」「習い事」によって子供の人格が限りなく正しく、また柔軟で、加えて健やかに育つと信じており、俺はそういうものに度々参加させられていた。
俺はというと、断ると怒られることが怖くて、泣く泣く参加していたのだった。
その中の一つに、サマーキャンプもあった。
―――――――
日差しが強い。
船の上。
目を凝らすと、前方に島が見えてくる。
俺がこれから暮らすことになる、西表島である。
石垣島からの連絡船で海を渡る。
船が揺れるたびに俺と同じ年端の子供たちが、悲鳴にも似た歓声を上げた……。
サマーキャンプとは、小学生や中学生が夏休みの間に一週間前後、同じような歳の子供たちと一緒に暮らすことで自立心や社交性などを学ぶ……といった趣旨に基づく課外授業みたいなものである。
俺が参加したキャンプは、参加者が小学生だけのもので、20人ぐらいのものだったと思う。そのほか引率の大人が3~4人ぐらいといった構成だった。
子供は初めて普段見ることないような景色に、大げさに驚いたり喜んだりしている。
俺はというと、東京から飛行機に乗った時点でただひたすら憂鬱だった。
理由は色々あって……
そもそも水に濡れたりするのが嫌いだったし、大勢の人間との共同生活も苦痛だった。
というか、旅行といったものが嫌いなのである。
家でゲームをしていた方が楽しい。
でも親の言うことには逆らえない。
「○○がちゃんとした人間に育つためには、こういう経験が必要なんだよ!」
「イジメられて学校行きたくない気分になるのだって、○○の心が弱いからなの! 『イジメられたからって何だ!』って気持ちを持てばいいんだから……」
そういう言葉を浴びせられる。
逃げられないんだ。
親の言ったことを思い出していたら、船は西表島に到着したようだった。
―――――――
船を降りたら港のコンクリートに並んで座るように指示があった。
服を着ていてもケツがジリジリと熱い。
「さぁ!ここからは班を作って行動します!みんな、3~4人くらいで班を作ってね~!」
出ました。
いきなり辛くなってくる。
周りを見れば、すでに飛行機や船の上で仲良くなった子供同士で、続々と班が出来ている。
俺はというと、誰とも話さなかった所為かそういったグループに入れず、透明なケースに入れられたバナナを物欲しそうに見つめて歩き回る動物園のサルのようになっていた。
「どうしたの」
「えっ」
後ろから声がした。
背の低い女の子だった。
「他の班に入らないんだったらウチの班に入りなよ」
シャツに付いた名札を見る。
『れいな』
「あ、い、いいの?」
「いいよ。ウチも一人足りなかったから」
笑いながら言う。
「いいよね?」
他の班員を見る。
「アタシは別にいいけど」
俺より背が高い(160cmくらい)女の子が言う。
名札には『さおり』と書いてある。
「レオもいいよね?」
『レオ』と呼ばれた、目つきの悪い男の子は、
「いいよ!」
と、目つきの割には明るい声で答えた。
後で聞いたら、レオは『礼央』と書くらしい。すごいね。
「じゃ、よろしくね」
れいなが笑顔で言う。
「う、うn」
俺はというと、このグループの””陽””の雰囲気に圧倒されていた。
返事もしどろもどろになる。
とはいえ、この3人と、俺を含めた4人が班で行動することになったのだった。
―――――――
『サマーキャンプ』という名の通り、普段の寝泊まりはキャンプ場にテントを張って、その中ですることになっていた。
キャンプ場は海に隣接しており、徒歩1~2分程度で泳ぐこともできる。
各自、引率の大人の指示でテントを張ることになる。
俺は当時ボーイスカウトに入っており(親の言いつけで)、テント張りは何回か経験があったので、さほど苦にはならなかった。
それぞれの班がテントを張り終わると、水着に着替えて海で遊ぶことになった。
正直、嫌だった。
俺は泳ぐことがメチャクチャ嫌いなのである。
海に入ると身体が海水でベタベタする。口の中に水が入る。目の中に水が入る。海水パンツの中に砂が入る。口の中に砂が入る……。
何ひとつとして良いことがない……。
とにかく嫌だった俺は、先ほど自分達が建てたテントの中で、着替えもせず体育座りで塞ぎ込んでいた。
絶対に泳ぎたくない……。
というか、そもそもこんなキャンプに来たくなかったんだ。
家でゲームをしていた方が100倍楽しいに決まってる。
厚くて汗はかくし、集団行動だって苦手なんだ。
何で俺はこんな所に来てしまったんだろう……。
そうやって石になっていると、見かねた引率の大人が声をかけてくる。
「○○くん。みんな着替えちゃったよ? ○○くんも着替えて、みんなと遊ぼうよ!」
「………」
「ねぇ○○くん――」
何度も何度も話しかけてくる。
俺も意地になって、体育座りをした足の間に頭を突っ込んで黙っている。
早くどこかに行って……。
すると、急に腕が持っていかれ俺は地面に倒れ込む。
「!?」
痛い。
顔を上げると、そこにいたのは『れいな』だった。
「ねぇ、いつまでそうやってるつもり?」
「……」
「なんか言いなさいよ!」
俺の腕を掴んで上に引っ張る。力が強い。
「あ、い、行きたくない」
やっとこさ声を絞り出す俺。
泣きそうだよ。
「ここまで来て泳がないってどういうこと!? みんな準備出来てるんだから早くアンタも準備しなさいよ」
「……」
「また黙る!」
その怒号に俺は遂に感極まってしまう。
「う……う………」
涙。
俺が泣くと『れいな』は若干狼狽えたようで、俺から距離を取る。
でもすぐに俺に近づいて、
「そんなに嫌なの?」
と、さっきとは違って優しい声で話しかけてくる。
「う゛……う゛ん゛……」
涙と鼻水が絡んで上手く声が出ない。
「じゃあさ……」
俺の肩に手を置きながら、
「今日1日だけ!」
「……?」
「今日1日だけ泳いでさ、それでもつまんなかったら泳がなきゃいいよ!」
そう提案してくる。
「………」
考える。
「ね?」
………
「……う゛ん……わがった……」
小さく俺は答えた。
もう疲れていたのもあって、逆らう気力もなかったし、それに、『れいな』が俺に優しかったからだ。
こういう、厳しくされた後の優しさに弱いんだ、俺は……。
俺が着替え終わるまで、『れいな』は更衣室の前で待っていてくれた。
(正直、ここまで来たらもう逃げられないよなぁ……)
そう思いながら更衣室のドアを開けた。
海で遊ぶのは楽しかった。
つづく