箱根
たまには楽しかった時のことを書きます。
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大学4年の夏休み。
受けても受けても就職先が決まらず、自暴自棄になっていた。
「もう就職とかこだわらなくてもいいんじゃないか?」
頭の中にそんな言葉が浮かぶ……
「どうせみんな就職が決まってないし、俺だけじゃないよ」
………
そんな中、夏休み中でありながら部室でNintendo64のディディーコングレーシングのタイムアタックを無限にプレイしていたら、突然先輩(6年生)から、
「おい、箱根行くぞ箱根」
なんて電話がかかってきた。
特に断る理由もないので「あ、いっすよ」って返事した。
――――――――
「いや~1回みんなで行ってみたかったんだよね~」
先輩(6年)が、バイト先のレンタカー屋で借りてきたミニバンを運転しながら言う。
俺たちは箱根へ向かっている最中だった。
車内には、
・俺
・先輩(6年)
・先輩(5年)
・同級生
といったメンバー。
人数が少ないのは、他の学年のサークルメンバーは、就活や他の用事が入っていたりしているため。
突然「旅行に行こう」と言って、すぐに『イク!!!』と返事が出来る人間しか当然集まらない。
全員無内定―――
漂う限界感―――
「着いたぞぉ~」
白目を剥いていたら宿に着いたようだった。
今回泊まる予定の宿は、よくある旅館ではなく、所謂「リゾートマンション」というやつである。
↑ここ。
先輩(6年)が、「みんなでワイワイするんだったら旅館よりコッチがいいだろ」ということで選んだらしい。
会員制だが、期間限定で一般の人間でも泊まれるようだ。
中は本当にマンションの一室といった感じで、高級感のある広い部屋の中には、キッチン、リビング、和室などがあった。
俺達は和室の隅の方に荷物を置く。
と、
「じゃ、”””始める”””か」
先輩(5年)が言いだしたかと思うと、その腕には、
『プレイステーション3』
が抱えられている。
「?」
てっきり観光をするために外出の準備をする……、そう思っていた俺は面食らっている。
「よし」
先輩(5年)の手によって、部屋に設置されている大きめのテレビにプレイステーション3が設置されていく。先輩(6年)も同級生も手伝っている。
「ほら! お前も、部屋のイスをテレビが見やすい位置に移動して!」
先輩(5年)の指示を受けて、面食らっていた俺も作業に参加する。
………。
「まだメシの買い出しには時間があるな、じゃあ2~3話くらいは見れるかな……?」
設置が済んだ俺達は、先輩(5年)が操作する画面を眺めている。
「おい、もしかして””アレ””か?」
先輩(6年)が聞く。
「……はい、””アレ””です。いや、ね、こういう機会じゃないと見ないだろうと思ってたし、みんなで見た方が面白いだろうと思ったんで……この機会に……」
先輩(5年)が画面を操作しながら答える。
(何が始まるんだ……?)
俺は怪訝な表情を浮かべる。
カチ カチ
フワァ~ン
「?」
「え?」
ここで?
「途中で買ってきたポテチとコーラもあるから、それ食っていいぞ」
長い戦いになりそうだった。
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「……」
「……」
「……」
「……」
全員無言である。
アニメを視聴し始めた頃は「おい! やよいがデカくなってるんだが!」とかワイワイやっていたのも束の間、3話あたりまで見たら、全員無言のまま焦点の合わない瞳で画面を見つめるという状態になっている。
「……」
「……あ」
俺の同級生が意識を取り戻した。
「そろそろメシの買い出しに行きませんか? 自分らで作るんだったら料理する時間もかかりますよ」
「……あっ……ああ、そうだな」
車の運転担当の先輩(6年)がビクッと反応した。
「アニメは、もういいんじゃないですか……? これ……」
同級生が画面を横目で見ながら言う。
「ああ……もういいな……」
先輩(5年)がその会話を受けて再生を止めた。
俺は、わりと見入ってしまっていたのだが……。
……。
4人で車に乗り込む。
昼飯はもう箱根へ行く道中、ファミレスで済ませていた。
これから行くのは夕飯の買い出しである。
「笑顔で勝つでしょ♪」
「やっぱ笑顔は正しいの♪」
車内で歌う先輩(6年)と先輩(5年)……。
白目を剥いていたらスーパーに着いたらしい。店内へ入る。
「今日は俺が作るぞ。メニューは鶏の唐揚げとアサリの酒蒸しの予定だから、その材料を買う。お菓子とかは自分が好きなのを適当に放り込んで、後で割ろう」
先輩(6年)は趣味が料理ということもあって、こういう時は頼もしい。俺はというと親子丼と焼きそばしか作れないので(両方ともフライパン1つで作れるからだ……)、かなり尊敬している。
今回泊まるところをリゾートマンションに選んだのも、先輩(6年)がみんなに自分で作った料理を振る舞いたい、という意図もあったらしい。
皿洗いは俺がやりますからね……という決意だけを新たに、カゴにお菓子を詰めまくる。
楽しい。
―――――――――
先輩(6年)の料理は本当に旨かった。
料理中に手伝おうかと思ったが、
「いや、お前らは適当にくつろいでていいよ。逆に手伝われるとペースが狂う時もあるしさ……」
と言われ、おとなしくプレイステーション3の『TOKYO JUNGLE』を3人でプレイする。
しばらくして、俺がゴールデンレトリバーの雌と交尾をしていると、
「できたゾ~~! 飯をよそってくれ!」
と先輩(6年)の声が聞こえてきた。
鶏の唐揚げは量を作りすぎてしまったらしく、明日の朝飯にする事になった。
アサリの酒蒸しは一瞬でなくなった。
腹一杯になった俺達は、4人でTOKYO JUNGLEの続きをプレイし始めた。
「……」
先輩2人と同級生がプレイするのを眺める。
……
「あの」
「え?」
「XENOGLOSSIAはもう見ないんですか?」
「見ない」
はい……。
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2泊3日の予定だったのだが、こんな感じでずっとリゾートマンションの中でゲームをしたりアニメを見たりしていた。
どうやら先輩達は、最初から観光する気なんてサラサラなかったらしい。
『みんなでワイワイ過ごす』
これが一番重要だったのである。
俺も観光とかにあまり興味がなかったので、気の合う人達とダラダラ過ごせて良かったと思っているし、実際、全員そう思っていただろう。
インドアな人間達だし、これが調度良かったのかもしれない。
箱根から車で帰る途中に、回転寿司屋があったのでそこで夕食にする。
腹一杯に寿司を食べた後、田舎特有の広い駐車場の中から沈む夕日を見た。
今までに見た中で、一番綺麗な夕日だった。