夏の終わり2

『サマーキャンプ』には、様々なプログラムが組み込まれていた。

 

(確か)6泊7日の日程だったと思う。

内容としては『西表島でのキャンプ体験』→『石垣島での観光』という感じで動いた覚えがある。

西表島でのキャンプ体験がメインで、石垣島では最後の1泊だけを過ごす予定だった。

 

――――――――

 

海で泳ぐ泳がないという一悶着の後、『れいな』と俺は、割と仲良くしていたように思う。

全員ではなかったが、学校も様々な子供達が集まっていて、俺のグループの3人もみんな違う学校から来ているらしかった。そういう環境だったから、最初から仲の良いグループは少なかったように思う。

即興で作られたグループ内で、その場で友達を作る。

最初から仲の良い人間ばかりだと俺が入る隙もないから、自分としては環境に助けられた感じだった。

 

今日は設置したキャンプ地を離れて、『星空が綺麗に見えるというビーチで寝る』というプログラムが組まれていた。

と言っても、簡単に行けるような場所ではなく、草むらの中、獣道のような場所を結構な距離歩かないと辿り着けない所に、そのビーチはあるらしかった。

 

当時の俺は、標準よりもかなり太っており、おまけに運動系の活動も週に1・2回の空手道場程度しかやっておらず、太いモヤシみたいな人間だった。

 

「ィーーー……ヒィーーーー……ィーーー……ヒィーーーー……」

↑上がりに上がった俺の息。

 

「大丈夫?」

『れいな』が聞いてくる。

 

「ィ………」←大丈夫じゃない

 

「頑張って」

 

「ィ……」

 

そんな会話をしながら、命からがら到着した。

 

キャンプ地を出発したのが夕食後だったので、辺りはもう薄暗くなっていた。

引率の大人から「じゃあ寝袋を用意して~!」という声がかかり、砂の上に寝袋を敷いていく。今日はここで星を見ながら眠りにつくらしい。

 

夏の西表島といえど、夜になれば肌寒くなってくる。

 

「………」

 

寝心地が悪い。

汗をかいてビショビショになった服に、風が冷たく吹きつける。

 

「ねぇ」

 

「え?」

 

『れいな』が話しかけてきた。

上を指さしている。 

 

「ほら見て、星がすごいよ」

 

「……?」

 

正直、星どころではなかった俺も空を見上げる。

 

「………」

 

とにかく、すごい数の星だったと思う。

灯りが無くても砂浜がうっすら見えるくらいだった。

 

「きれいだね」

 

『れいな』が言う。

 

「うん……」

 

まぁ……

 

小学生だったから、そんなに感動はしなかったんですけどね。

 

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その後は、ボートに乗って島から離れたところでシュノーケリングの体験をしたり(水中マスクの中に水が入ってきて死にそうになった)、カヤックという一人乗りの船みたいなものを使ってマングローブを探検したりと、かなり盛りだくさんだったが、正直あんまり覚えていない。

運動が苦手な俺からしたら『疲れた』という印象が最も強く残っているだけだ。

「(なんで必死こいてこんなコトしなきゃいけないんだよ……)」

口には出さないが、そんなことを常に考えていた。

 

ただ、グループの人間達とはそこそこ仲良くやっていたと思う。

 

『さおり』と『レオ』はよく一緒に行動していたし、『れいな』と俺もそうだった。

4人で何かしなければいけない時には4人で協力したし、そうでない時は2組でバラバラになったり一緒になったり、そんな感じだったと思う。

俺が常に帽子を被っていて、その帽子に名札を付けていたら『さおり』が「アンタそれ八百屋じゃん(笑)」とか茶化しだしたので、俺のあだ名が『八百屋』になってしまった。

 

そんな感じだった。

 

そして、西表島から石垣島に戻る日になる……

 

――――――――

 

「今日はここで島の歴史や動物を学びます!」

 

引率の大人の声が響く。

 

名前は忘れたが、博物館?資料館?のような建物だった。

中には動物の剥製や、歴史が書かれた書物が置かれている。

 

石垣島に戻った俺達一行は、レストランで食事をとってから、ここに移動してきたのだった。

 

「ここでは班行動はしなくて大丈夫です! 自由に建物の中を散策してみてください!」

 

どうやらそういうことらしい。

が、そう言われても、子供の俺には何を見ればいいのか、どう行動すればいいのか分からない。

自然と、今まで一緒に行動してきた班の人間達と行動を共にしようとする。

『さおり』や『レオ』はどうやら2人一緒に行動しているらしく、姿が見えなかった。

 

『れいな』がアクリルケースの中に飾られたハブの剥製を見つめているのに気がついたので、近くに寄ってみる。

 

「あの……」

 

声をかける。

 

「……」

 

「?」

 

様子がおかしかった。

俺が話しかけても、少しこちらを向くだけで返事をしてくれない。

 

「……」

 

しばらくハブの剥製を見ていた『れいな』だったが、飽きたのか別の場所に移動する。

よく分からない、毛むくじゃらの動物の剥製の前である。

 

「あの……、一緒に見て回ろうと思ってて、そんで」

「……」

 

今度は俺に見向きもしない。

 

あまり時間をかけず、次はガラスのドアを開けて中庭に出る。

俺はそれに着いていく。

中庭には誰もいなかった。

昼過ぎの太陽は高い位置にあり、影がとても短くなっている。

 

「……」

ずっと黙っている『れいな』。

 

「あ、あの」

俺は申し訳なさそうに声をかける。

 

「あのさ」

 

「え?」

 

『れいな』が口を開いた。

 

「ずっと思ってたんだけどさ」

 

「うん」

 

「いつまで、ついてくるわけ?」

 

「え?」

 

何が何だか分からない。

 

「ずっと後ろをついてきて、正直キモいんだけど」

 

「う……」

 

「じゃ」

 

俺の横を通り過ぎて、建物の中に戻っていく。

 

「……」

 

そのまま動けなかった。

 

――――――――

 

俺が建物の中に戻った時、『れいな』は他のグループの女の子と仲良さそうに話していた。

大きな口を開けて笑う。

俺と一緒にいる時には見せなかった顔だった。

全部わかってしまった。

別に『れいな』は俺を友達と思っていた訳じゃなくて、ただ一緒のグループとしてしか見ていなかった。

それを勝手に仲良しだと勘違いしていたのは、俺の方だった。

班行動でもないのに、金魚の糞みたいについてくる俺が、今までよりもウザく感じただけ。

 

ただ、それだけのこと――

 

――――――――

 

最後に1泊する石垣島の宿は、全員が1つの部屋で寝る大部屋だった。

そこに小さいブラウン管のテレビが置いてあった。

『れいな』や『さおり』、『レオ』は仲良さそうに話している。

 

俺はテレビを一人で見つめてた。

映っているのは『ウミガメと少年』。

 

戦争を題材にしたアニメ映画で、ウミガメの産卵を目撃した主人公の少年が、爆撃を避けるためにその卵を洞窟に移し、大事に守っていくと言う話だった。

毎日面倒を見ていた少年だったが、最後の場面で、誤って1つの卵を割ってしまった少年は、何日も飲まず食わずだったひもじさから、それを無意識に食べてしまう。

そのまま歯止めが利かなくなり、結局、他の卵の全部割って食べてしまっていた。

「ごめん……ごめんよぉ……」と言いながら卵を食べる少年を見ながら、俺もいつの間にか泣いていた。

 

それから、人と深く関わるのが怖くなってしまった。

 

そんな感じ。

 

全部終わり。