国立

国立駅周辺にはゲームセンターが無かった。

 

当時大学生だった俺は『クイズマジックアカデミー』に嵌っていて、国立駅の近くに住んでいながら、数駅離れた国分寺駅から少し距離のある『ゲームシティ国分寺南店』にまで通っていたのだった。

 

(なんとかして……国立駅周辺のゲームセンターを見つけたいなぁ……)

 

そんな気持ちばかりが積もっていく。

インターネットで調べても、国立駅の周辺にはゲームセンターらしき物は無い。俺の調べが足りないだけなのかもしれなかったが、僅かな情報すら入ってこないのである。

 

谷保駅

 

国立駅からそこそこの距離があるのだが、南口を大学通りに向けて真っ直ぐ進み、ひたすら真っ直ぐ真っ直ぐ行くと谷保駅に着く。

インターネットで調べたところ、そこにゲームセンター(らしきもの)があるらしかった。

 

「行ってみるか~……」

 

とても普段通いができそうな距離ではなかったが、行ったことのある範囲を広げてみるのも良いかなと思ったのだった。

 

――――――――

 

「はっ……はっ……」

 

汗がうなじから背中に流れズボンに染みついていく。

腕に丸い水滴が無数に噴き出してくる。

 

季節は夏。時間は夕方。

自転車で谷保駅を目指す最中である。

 

知り合いから譲って貰った自転車なのだが、チェーンが錆び付いているし、変速機構もない。安いママチャリだった。

 

「は……は…………」

 

まあ、自転車の性能は関係なかった。俺の体力の問題である。

 

一橋大学の無駄にデカい敷地を横目に抜け、緑に囲まれた桐朋学園が右手に見えてくるといった位置。もうこの時点でバテかかっている。

 

(こんなんじゃ、やっぱ通うのは無理だわ……)

 

後悔が、心の底から湧いてくる。

とはいえゲームセンターを目指してしまったのだから、目的地が見えるまで足を止めるわけには行かない。完全な無駄足になってしまうのは避けたかった。

というか、地図ではそんなに遠くないように感じたのに駅から桐朋学園に着くまでが、えらく長く、永遠と続いていたような気がする。

ひたすら直線が続いていたからだろうか……。

 

そんなこんなで進んでいくと、辺りが暗くなり始めてきた。

 

「『逢魔が時』ってやつだな……ニヤリ」

 

最近覚えたばかりの単語を口に出したくなる。

オタクの悪い癖である。

 

気温もだんだんと下がり、足も割とスムーズに動くようになってきた。そして……

 

「着いた」

 

JR南部線 谷保駅である。

 

「小さ……」

 

それもそうで、国立駅の5分の1も無いような大きさの駅である。普段、国立駅ばかり目にしている俺の率直な感想だった。

そんな無駄なことを考えている場合じゃない。お目当てのゲームセンターを探さないといけないのだ。辺りをウロウロし始める。

 

しかし、探せど探せど目当てのゲームセンターを見つけることが出来ない……。

 

このまま何も無いまま、来た道を戻らないといけないのだろうか……。

そう思いかけていた俺だったが、たまたま通りかかった細い道路の傍らに、それはあった。

 

「え?」

 

窓から店内の様子が見える。

メダルスロットと、時代遅れのクレーンゲームが申し訳程度に置かれている。

とてもゲームセンターと呼べるようなものではなかった。

 

「………」

 

俺の首から、涙のような汗がひとつぶ、地面にこぼれ落ちた。

 

――――――――

 

真っ暗な帰り道、自転車を手で押しながら歩いている。

結局は無駄足だった。

 

(まあ、良い経験だよ)

(それに、来たことない場所にも来られただろ?)

 

ポジティブに考えようとする。

 

「腹減ったな……」

 

谷保駅へ向かう途中に何件かラーメン屋があるのが見えていた。

俺は『国立飯店(だったと思う)』と書かれた赤い暖簾をくぐる。

 

「もやしそばください」

 

もやしそばが出てきた。

旨いのか不味いのかわからなかった。

 

帰りに大学通りを自転車で走っていると。突然、

 

「おい!止まれ!」

 

「!??!?」

 

知らないオッサンが目の前に立ち塞がってきた。

 

「おわあああああ!!!!!」

急ブレーキをかけながら叫ぶ俺。

「おい!」

オッサンは俺がメチャクチャに焦っているのにも関わらず、何事も無かったかのように続ける。

心臓かドキドキしている。

「はっ!はっ!……な、なん」

「お前! ここの人間じゃないだろ!!」

「え????」

 

訳が分からなかった。首を傾げる俺。

 

「ここね! 分かってる? 逆なんだよ通路が!」

「??」

 

そこで気がついた。

大学通りの自転車用通路は『一方通行』だった。

俺の通ってきた通路は、2車線の車道を挟んで『右側』。これは、国立駅方面から来る自転車だけが通れる道だったのである。

左側が谷保駅からの自転車が通る通路だった。

 

「あ、あ、す、すいません」

「全く……若い奴らはコレだから……大学に入りたてのヤツが良くやるんだよ、こういう事をさぁ!」

「……すいません」

「すいません、じゃないんだよお前は。前から来る自転車とぶつかったらどうする? 秩序を守るんだよ秩序を。ルール。分かる?」

「……すいません」

「俺はずっと昔から国立に住んでるけど、最近の若い奴……特に学生がなぁ…………」

 

…………

 

それから20分程度、ずっと説教をされていた。

 

説教するのは良いんだけど、自転車用通路でやるもんだから、俺の後ろから来る自転車が立ち往生して、迷惑そうな顔をしていた。俺は、何とか端に避けて後ろからの自転車を通そうとしたけど、オッサンの説教はなおも無限に続いた。

 

とほほ~~~~~(ToT)

 

それから自宅へ帰る途中に腹が痛くなったので、国立駅のトイレを借りたら液体みたいなウンチが無限に出てきた。

 

もやしそばの所為だ、と思った。

 

 

おわり