エッチなお風呂屋さん

セックスに対して異様な執着を示していた頃……。

俺は相も変わらず小倉のソープに通い詰めていた。

 

今日はあの店、明日はあの店……といった具合で、どの店が1番『良い思い』が出来るのか、とにかく手当たり次第に探っていた。

 

ある時は奥から急に婆さん(40代後半くらい)が出てきて、ドリルフェラチオ(めちゃくちゃ気持ち良かった)の後のセックスでカンジダをうつされたかして、チンチンが異常に痒くなったり、またある時は、若い女の子と時間いっぱいまでベッドに座りながら、ただ会話をして終わりだった。

 

それでも辞められなかった。

 

財布からはどんどんお金が無くなっていく。だが、それが特に問題だとは感じなかった。

なぜなら、他にお金を使う場面が無いから……。

一緒に遊ぶ友達もいないから。

 

そんなソープ通いも、大半が失敗なのだが(『全て』フリーや写真指名で入るからだろうが……)、たまにはこんなこともあった……。

 

こんなことが……。

  

―――――――――――――――

 

 

俺は仕事終わりでひたすら疲れていた。

 

今日の仕事は、重たい機材を持って、階段を数十回上り降りするという作業だった。

月に一度はこんな日がある。

ふと手を見ると、親指の爪が欠けていた。自分では気づかなかったが、血が出た痕もあり、そのまま固まっている。機材を持った時に何かに引っかけたのだろうか。作業手袋をするのを忘れたから? 素手で運搬作業をすると、よく欠ける。

 

それをボーッと眺めていたら、憂鬱になってきた。

 

歩を進める。

 

気付いたら風俗特有の、嫌な感じに明るい光が目の前にあった。

 

「どうも、いらっしゃいませ~」

「……」

 

真っ黒なスーツを着込んだ初老の白髪男性が、柔らかい声で俺を出迎える。お辞儀だけを交わす。

 

「ご予約の方ですか?」

「いえ……」

「では、ここで写真を選びますか?」

「はい……」

俺は聞き取れるか聞き取れないか、ギリギリのラインの小さな声を絞り出す。

風俗に来ると、なぜか後ろめたい気持ちに襲われる。

なにか悪いことをしたような気持ちになる。

 

「じゃあ……」男性は、カウンターの下から手慣れた動作で写真を取り出し、俺の目の前に並べる。「今すぐなら、この子達ですね」

 

写真は4枚。顔がぼやけているのでハッキリとは分からない。

どの女の子も、モザイク越しにはキレイな顔に感じる。

しかし、こういった写真で『本人』の容姿はほとんど計ることができない。モザイクのその先にある顔だって、修整されているはずだ。

俺は努めて『本当』を見つけようとする。そうやって延々と写真と睨めっこしていたら、男性の方が痺れを切らしたのか、声をかけてきた。

 

「もしよろしかったら『どんな子』がいいか、お申し付けください。それに近い子をお選びしますから……」

 

『どんな子』……。

 

正直言って分からなかった。

 

俺はこれまでの人生で、『こういう女の子が好き』という概念を、一度も持ったことがなかったからである。

これまでオナニーのほとんどを、二次元の女の子で行っていたものだから、所謂『現実の女性』に対してどういう感情を抱けばいいのか分からなかった。

大学では男子100%のサークルに所属していた。

そんな環境では、女の子がどのような顔をしているのか、どのような仕草をするのか想像できない。

テレビに映る女性は、テレビに出るだけあって全員が整った顔をしてるので、その気になれば誰でも射精できそうだった。

だから、どのような女の子が『俺にとって良い』のか、分からなかった。

 

「……」

押し黙る俺。

 

「たとえば『サービスがいい』とか『細めがいい』とか『優しい子』とか、何かあればお聞きしますが……」

「……」

「どうでしょう」

 

「……優しい子で」

 

「分かりました……、じゃあ、この子ですね」

 

真ん中の写真を指差す。プロフィールがあったのでそれに目を通した。

年齢は24歳。B89・W60・H87……。

この『W60』というのが曲者で、風俗嬢の『W59』と『W60』に天と地ほどの差がある。

大抵の風俗嬢のプロフィールには何かしらの『偽り』があるのだが、この『ウエストサイズ』が一番顕著だと思う(俺はね……)。

W60というのは、数値以上の迫力をもって、直視せざるを得ない『現実』として眼の前に突き付けられてくるものなのだ。

もちろん例外はあるが……。

 

そんなことを考えていたら、店の方では着々と準備が進んでいた。

俺は待合席の灰皿に、先ほどつけたタバコの灰を落とす。

俺以外に順番待ちをしている人間はいなかった。自分のタバコの副流煙を、深呼吸で肺に取り込む。

若干だが、緊張がほぐれてきた。

 

「〇〇様、用意ができましたのでこちらにお越しください。」

 

先ほど受付してくれた男性とは違った、また別の男性から声をかけられる。恰幅のいい短髪黒髪の男性だった。

俺は平静を装って返事をする。先ほどほぐれたはずだった緊張が、また頂点に達していた。女の子と対面する前はいつもこうなってしまう。女性に免疫が無いからなのか……。

緊張で手と足が同時に出そうになりながら、カーテンの前まで歩く。

 

「それでは、お楽しみください」

 

 

――――――――――――――― 

 

 

カーテンの向こうにいた女性は、笑顔で俺を出迎えた。

 

「よろしくお願いしますね~♪」

 

見た目では年齢は分かりづらかった。24歳と言えばそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、目はパッチリとしているし、顔立ちも整っていた。

 

ネグリジェのような少し透けているレースの服を着ていて、パッと見、体形の判別はできなかった。

 

「こちらへどうぞ~」

「あ、はい」

 

女の子に案内され、個室に入ったらに入ったらまず飲み物を選ぶように言われたので、「ウーロン茶」と答える。落ち着いてきたところで、女の子から「大きいバッグ持ってるんですね~仕事帰りですか?」 みたいな会話のジャブが繰り返される。

この『ジャブ』が異常に長い女の子もいるのだが(これだけで制限時間いっぱいまで使われてしまう場合もある……)、今回の女の子は、自ら進んで俺の服を脱がす行為を始めた。

……俺は自分の意志がほとんどないので、女の子の方から切り出してくれないといつまで経っても会話し続ける羽目になる。

こんな時でも『いきなりセックスをしようとする性欲の塊みたいに見られたら嫌だなぁ……』という理性が働いてしまうからである。

そもそもソープに来ている時点で、なにもかも、というか、全てが矛盾しているのだが……。

 

「私、昼は介護の仕事をしてるんで、こういう、服を脱がしたりするのには慣れてるんですよね~」

 

そう言いながら、慣れた手つきで俺の服を脱がしては畳み、脱がしては畳み……。

そして俺をパンツ一丁になるまで剥くと、女の子がおもむろにタオルを股間に被せてくる。

「……脱がしますね」

タオルの中でモゾモゾと動いていく女の子の手。

俺はこの瞬間がめちゃくちゃ興奮する。

『女の子が俺のパンツを、自分の意思で脱がせている!!』

という、この事実が、とてもとても凄いことのように感じる。

普通あり得るか? こんなこと……

 

「じゃあ、私も脱がせてもらえますか?」

「……」

 

俺がボーッとしている間に、女の子はネグリジェみたいな服を脱ぎ、下着姿になっていた。

露わになった身体を眺める。

少し腹回りや身体のあちこちに、ムチムチとした肉が付いていたが、太っているというわけでもない、むしろいい感じのバランスで成り立っている。

 

「私の身体、どうですか…? ちょっと太ってますよね……」

「い、いや、いいんじゃないですかね……。抱き心地、良さそうだし……」

俺の口から、思ったままの気持ち悪い表現が飛び出す。

「ふふ…本当ですか?」

 反面、女の子は嬉しそうである。

もちろん、営業スマイルなのかもしれないので、過剰に反応するのは止めておいた。

 

こんなところで、女の子が『本当に』笑うはずないんだから……。

 

 

――――――――

 

 

「熱くないですか~?」

 

なにか嬉しそうな声で女の子が尋ねる。俺が「大丈夫……」と蚊みたいな小さい声で返事すると、女の子はそのままお湯で俺の身体を濡らした。

 

あまり見ないようにしていたのだが、やはり近くに女の子の『実体の裸』があると、本能に逆らうのは至難の業で、どうしても目がそちらを向いてしまう。XVIDEOSで見るのとは違う、質量を持った存在が、俺の童貞気質な精神を刺激するのである。

 

女の子は俺の視線に特に反応せず、白い桶に少量のローションを垂らし、その上からボディソープを大量に注いでいる。

 

「……あ、あの、最初にローションを垂らすのって、なんか意味があるんですかね……? 他のお店でもそうだったから……」

 

俺は意識を逸らすために、適当に質問してみる。

 

「これですか……? あのですね、ローションを最初に入れておくと、めちゃくちゃ石鹸の泡立ちが良くなるんですよ………ほら!」

 

そういって女の子は作った泡を両手にかき集め、俺の眼の前に掲げてみせる。

 

「ほぉ~……」

 

確かに、CMでしか見たことがないような、ソフトクリームのような泡が立っていた。素直に驚く。

それから女の子は「へへへ……」と笑いながら、俺の全身をくまなく泡で被い、丁寧に洗っていった。

 

「じゃあ、お風呂に入ってください」

 

身体を綺麗にしてもらった後は(実際には猫背気味の汚い男がいるだけなのだが……)、すでにお湯が張ってある湯船に誘導される。

足をつけると、少し熱めの温度だった。俺は「ィ~~~~……」という鳴き声を上げながら湯に浸かる。

 

天井のシミを数えていると、

 

「失礼しま~~す」

 

と言うが早いか、女の子が俺の股の間にスポンと入ってきた。

 

「オッ…」と俺が言うなり、女の子は笑顔で俺の手を自分の胸に誘導する。

されるがままに、大きめの柔らかい胸に、俺の手のひらが触れた。

 

「おっぱい、好きですか……?」

 

振り向きざまに俺の顔を見ながら、女の子は質問してくる。

 

「う、は、はい……」

と、俺は手を硬直させたまま答える。

 

同意の上だし、ここはそういう店なのだから、自分の好きなように女の子の胸を揉めばいいのだろうが、ここでも俺の中の童貞気質が邪魔をしてくる。

『ここで揉んだら、お前は性犯罪者なんだぞ』

……そう自分の頭の中に響いてくるような気がした。アホか……?

 

といっても、動かない石像になっているのも不自然だと思い、指先だけをモゾモゾと動かす。

 

「うふふ……」

 

女の子は特に何も言わず、笑っているだけだった。

 

――――――――

 

「ベッドに座って待っててくださいね~」

 

風呂から上がった後、女の子に体を拭かれた俺は、そのままベッドに腰掛けた。

俺の身体を拭いたバスタオルで、女の子はそのまま自分の身体を拭いている。

 

「……」

 

風呂側を向いているので、俺に背を向けている状態だ。

まじまじを身体を観察できるチャンスである。

 

肩幅は若干広い気がしたが、男に比べればやはり小さい。そこから下に視線を降ろしていくと、腰から尻にかけてのラインは滑らかで、綺麗な曲線を描いていた。男とは違って、この身体が『女の子のものである』と主張しているようだった。

 

「……今日は、どんなプレイをします?」

 

女の子はいつの間にか俺の方を向いていた。

俺は、『風邪で学校を休んだのにも関わらず、自室でテレビゲームをしているところを母親に見つかった子供』のような気分になる。

つまり、気まずかった。

 

「プ、プレイ……ですか」

 

俺は努めて平静を装って返事をする。

 

「はい……例えばぁ~……恋人みたいにイチャイチャするとか……、ちょっと乱暴な感じでエッチするとか……あとは……痴漢プレイとか!?」

 

「痴漢プレイ……?」

 

今まで風俗に通っていて、そんな選択肢を迫られた事なんて、もちろん無い。俺が不思議そうな顔をしていると、女の子は笑顔で説明してくる。

 

「……こうやってぇ~、私が電車に乗っているような感じで立ちますよね? そしたらこう、こういう感じで、お尻を触ったりおっぱいを触ったりして、後はそのままエッチしちゃうみたいな感じで……ふふ」

 

女の子は大仰にジェスチャーを交えながら、痴漢プレイの手順を解説する。

 

説明を聞き終えた俺は……

 

「……ふ、普通にイ、イチャイチャする感じで……」

 

そこまでする覚悟はなかった。

 

「え~~~~……はい」

 

女の子は露骨に残念そうな顔をする。

そんなに痴漢プレイがしたいのか……? 

 

「う~ん、じゃ……寝転がってくださいね~~~」

 

俺にピッタリと密着するようにベッドに腰掛けた女の子は、俺の背中を両腕で抱えるようにして押し倒す。俺の腕に胸や腰が当たって柔らかい。

 

「あ、そうだ、このままぎゅ~~ってしましょうね」

 

そう言うと女の子は、寝転がった俺の体を強く抱きしめてきた。

 

(うお……)

 

風呂上がりで、少し汗ばんだ肌が触れ合っている。嫌な感じはなく、むしろずっとこうして密着していたい気分にさせられる。

 

「○○さんも、ぎゅ~~~ってしてください……」

「えっ」

 

そう言うが早いか、女の子は、俺の腕を自分の腰に添える。女の子の腰は少し冷えていて、俺の手のひらの体温が伝わると、汗でしっとりと濡れてくる。

 

「ほら……」

「は、はい」

 

促され、そのまま腰に添えられた腕に力を入れる。

 

「恋人みたいな感じでしょ……?」

「いや……あの、よく分かんないです……」

 

素直に「はい」とか言えばいいのに、なぜかバカ正直に感想を述べてしまう。バカか?

 

「え~~~……?」

 

女の子は少し不服そうにしながらも、俺の肩に回した手を少しづつ下にスライドさせていく。

 

腰……尻……横腹……そして、股間に到着する。

 

「オ」

 

俺の鳴き声。

 

女の子は笑顔だった。

 

――――――――

 

「……そろそろいいかな~」

 

女の子が俺の股間から顔を上げる。

チンチンを舐められていたのである。

 

「……」

 

固まる俺を尻目に、女の子は笑顔を崩さず、ベッドボードの上に置いてあるゴムを手に取り、封を切る。中身を取り出すと、そのまま口に咥える。

 

「ひゃあ、ひゅけまひゅね~~」

 

ゴムを咥えたまま喋ると、俺のチンチンにキスをした。

 

「ホッ」

 

俺は少し腰が引けてしまうが、女の子はそのままゆっくりと頭を降ろす。チンチンが温泉に浸かったように、じんわりと温もってくる。

 

「……ン……はぁ……」

 

女の子が口を離すと、そこには『セックスする準備の出来たペ●ス』がいた。

 

「……んふ」

 

『セックスする準備の出来たペ●ス』に手を添えたまま、俺の上に跨る女の子。

そのままじわじわと腰を落とす。

だんだんとその姿が、見えなくなっていく。

 

「ン……ンン……ン~~~~~~~~~~~~~」

 

何かを我慢しているような声を上げる女の子。

 

「~~~~~~~~」

 

そのまま声にならないような声に変わったかと思うと、俺のアレが完全に飲み込まれてしまった。

 

「はぁ……動くね……」

 

女の子は俺の上で、少しづつ強弱をつけながら跳ねていく。

 

そんなこんなしている最中、女の子は終始笑顔だったのだが、俺はというとゴムを付けられる時点からずっと無表情である。

気持ち良くないという訳ではなく、女の子のこういう行動にどういった反応を見せたらいいのか、正解が分からないからである。

女の子が頑張って俺を気持ち良くさせようとしている所を、どういう顔で眺めていたらいいのだろう。

 

多分、一生分からない。

 

「はぁ……ねぇ……今度は上になってくれる……?」

 

女の子は、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。

『上になる』とは、つまり『正常位』である。

 

「……う、うん」

 

言って俺が起き上がるのと入れ替わりで、女の子はベッドに寝そべる。

 

「え~~~~~と……」

「そこじゃなくて……もうちょっと上……」

 

女の子にアレをあてがっているのだが、女の子のアレの入り口がどこなのか必死に探す。

毎回そうなのだが、『こういった経験』が少ないので、未だに女の子の入り口がハッキリとつかめない。

以前、別の店で女の子の尻の穴に入れそうになって「違うって!!」と、かなり強めに殴られたことがあった。

 

「ンン……」

 

今回はちゃんと入ったらしい。

 

「じゃあ動きますよ……」

 

いちいち聞かなくてもいいことを聞きながら、モゾモゾと動き出す俺。

それに合わせて女の子の息が荒くなってきた。

 

「だ、大丈夫ですか……? 俺が動いても痛くないですか……?」

 

聞かなくてもいいことを聞きながら、俺は腰を動かす。

女の子は瞑っていた目を少しずつ開き、俺を見つめてきた。

 

すると、

 

「大丈夫……。男の人が気持ちいいって思うように動いたら、女の子も気持ちいいんだよ……」

 

と、優しく囁く。

 

「……」

 

本当なのか嘘なのか分からなかった。

 

――――――――

 

「お疲れ様~~~」

 

なんやかんやを済ませた後、俺と女の子は並んでベッドに座っている。

俺は女の子から受け取った250mlの緑茶の缶に口をつけた。乾いた喉と熱くなった身体の中を、冷たい液体が滑り降りていくのを感じる。

 

「ね、気持ち良かった?」

 

女の子は笑顔で俺に尋ねる。

 

「は、はい……ありがとうございます……色々と……」

 

なにか、恥ずかしい気持ちが拭いきれなくて、かしこまった言葉遣いになってしまう。

 

「もうすぐ時間になっちゃうね~」

 

時計を見ながら、女の子は言う。

 

「……」

 

俺を無言で女の子を見つめる。

 

「あ、じゃあさ、今度来たら……」

 

俺の方を振り向いて。

 

 

「……痴漢プレイ、しようね~!」

 

 

……。

 

 

あ、

 

 

よっぽどやりたかったんだろうな……。

 

 

 

 

※おわり※

修学旅行2

 

yhme.hatenablog.jp

 

これの続きです。

 

―――――――――――――――

 

飛行機を降りてから一悶着(自分との)があった後、修学旅行の一行はバスに乗って移動する。

今日はケアンズにあるホテルに宿泊し、翌日また飛行機に乗って、旅行の目的地であるパースに向かう予定になっていた。なぜそういう旅程なっていたのかは分からない。日本を朝に出発したから、明るいうちにパースに着くことは出来ないという理由からかもしれない。

 

バスで移動している時は、延々と窓の外を眺めていた。確かに外国という事もあってか、見慣れない風景が広がっている。でもそれは日本国内でも同じことで、新しい場所に行けば新しい光景が広がっているはずで、特に驚くことではない。

普段から家を出ないので、どこに行っても新しい風景なのは当たり前だった。特に感動もなかった。

 

しばらく揺られていると、バスはどんどん街中に入っていく。

 

それはそうと、オーストラリアは日本と同じで車道は左側通行らしい。外国というんだから、てっきり右側通行だと思っていた俺は落胆した。日本と同じじゃんって。

 

そんな事を考えていたら、バスがホテルらしき建物の前に止まった。ここが今日泊まる予定のホテルだった。結構小さいホテルだったような気がする。うちの生徒が全員泊まったら、全室埋まってしまうんじゃないか、というくらいで……。

 

「各自の部屋割りは聞いたな! 荷物を置いて、6時になったらまたこのロビーに集合だぞ!!」

 

そんなに声を張り上げなくても全員に聞こえるだろう、というくらいの大音量で担任が叫ぶ。

俺は今日泊まる予定の部屋に向かう。1つの部屋に5~6人程度が寝泊まりするという形になっており、ベッドも泊まる人間と同じ数だけ置いてあった。

どのベッドで寝るかは部屋の人間がそれぞれ決めるようになっていて、当然のように俺は、入り口の近く、一番寝心地の悪そうな場所を割り当てられてしまった。校内ヒエラルキーの最底辺にいるので妥当なところである。ベッドの上に荷物を置いて、赤ちゃんみたいに部屋の設備やらなんやらを確認していたら、もう時計は6時近くになっていた。

 

ホテル内には夕食をとるような場所はなく、全員が6時に集合したのも、近くのレストランで食事をするためである。

 

レストランはお世辞にも綺麗とはいえなかった。食事をする所は外にあり、所々黒く汚れているアウトドア用のテーブルが並べて置かれている。

 

「じゃあ今からメシを配るからな~~~! 各テーブルごとに取りに来いよ~~~!」

 

また担任の無駄に大きい声が響いてくる。

 

(?)

 

というか、こういうのはウエイターが運んでくれるんじゃないのか?という素朴な疑問が頭に浮かんだが、それも束の間、俺はその渡された料理に圧倒されてしまった。

 

 

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「はい、これ」

 

(……?)

 

皿の上に1枚、乾いたステーキが置かれている。

 

「……」

 

俺は釈然としないまま、乾いた肉を持ってフラフラと自分の席に戻る。

 

「……」

 

とりあえず、一口大にナイフで肉塊を刻み、口に含む。

パサパサとした繊維質の肉が、口の中の水分を吸収してニチニチと音を立てる。

ほとんど味もしない。

 

……

 

この時に思った。

 

やっぱり日本のごはんが、世界で一番美味いってこと……。

 

 

 

 

つづく

小学生低学年の頃は今と違ってゲーム機も持ってなかったし、外で遊びまくってた。

 

昔は家の前に花壇があって、そこにサルビアが咲いていたのでその蜜をひたすら吸ったりしてた。今は親が年を取り、世話をするのが大変になったみたいで、緑色の雑草だけが一面に生い茂ってる。

 

近所に駄菓子屋があったので、そこで母親からせびった小遣いで、当たり付きのきなこ餅(爪楊枝に刺してあって、先の方が赤く塗られていたらもう1本貰える)を無限に食べたりした。俺が中学生になる頃には店主の婆さんが病気にかかったらしく、一年中電気がつかなくなった。今ではその店も取り壊されて、車が4台ほど停まれる駐車場になっている。

 

自転車を買ってもらった時には、家からどこまで離れた場所に行けるのかを試したくて、死ぬほど漕いで全く知らない場所まで来たのは良いものの、いきなり辺りが暗くなってきて、大声で泣きながらなんとかかんとか家まで帰ったら、「こんな時間までどこをほっつき歩いてたの!!」つって、母親に頭を殴られるわ、父親からは頬に張り手を喰らうわで散々だった。今の俺なら、疲れることもなく歩いていける距離だった。

 

学校から帰る途中に、一軒の家があった。

担任の先生の家だった。

玄関から見える位置にある部屋には、その担任の母親と思われる婆さんが座っている。

いつ見ても同じ位置に座っているので、俺も目を合わせたら「おはようございます」とか「さようなら」といった挨拶をしたり、婆さんがくれるお菓子を貰ったりしていた。

婆さんはよく、その部屋でゲームをしていた。

画面の上から、赤い物や青い物が落ちてくる。婆さんに聞くと、『ドクターマリオ』というゲームらしい。

当時の俺は、ゲーム機に触ったこともなかったので、婆さんが手に持つコントローラーの操作に合わせて、画面の色とりどりの物体が動くのが不思議でたまらなかった。

しかも聞くところによると、ゲームのソフトはこの1本しか持っていないという話で、それにもかかわらず何年何年も、この『ドクターマリオ』だけをプレイしているそうだ。

 

「……」

「……どうかしたんね?」

 

物珍しそうに画面を見つめる俺に、婆さんが声をかけてきた。

 

「……」

「……」

「やってみるか?」

 

その問いかけに、はち切れんばかりの大声で「うん!」と答える。

 

………

 

その後しばらくして、いつものあの部屋に、婆さんは姿を見せなくなった。

 

少し不思議に思ったが、俺の中では「ドクターマリオが遊べなくなっちゃったなぁ……」という気持ちだけが、心の大部分を占めていた。

 

それから一度も会っていない。

トイレで尻を拭くと高確率で尻穴を痛める。

外出先のトイレとかだと、安い紙を使っているせいか特にダメージが大きい。ウォシュレットが付いてればダメージをほぼ0に出来るけど、駅のトイレとかにはなかなか付いてない。

あと家にもウォシュレットがないのでサニーナを使うしかない。

助けて。

人生の終わり

「おつかれ~」という課長の声と共に、ドッと疲れが押し寄せてきた。俺は椅子の背もたれに全体重を預ける勢いで、上体を仰け反らせた。ここのところ働きづめで、自分が疲れているということすら自覚できなかったように思う。毎日毎日遅い時間に帰っては「今度休みになったら洗濯しよう…」と思ってから1ヶ月経過した布団に倒れ込む。皮脂の臭いを鼻いっぱいに吸い込むと、次に目を開けた時にはチュンチュンとスズメの声が聞こえてくる。人間、長い時間働いていると頭がおかしくなって、何連勤でも働けるようになるものだということを、こうやって仕事を始めてから知った。乾いた笑い。

それはそうと、今日は仕事納め。ようやくこの生活から、ちょっとの間解放される日だった。さて、家に帰ってから明日の予定を考えてみると、驚くほど何も無いことに気が付いた。俺の生活は仕事に支配されてしまっていたのだ。仕事以外の予定を想像できない。文字通り、『想像できない』のである。

 

「………」

 

買った時の3分の1ほどの薄さになった掛け布団に頭を預ける。そのまましばらく天井を見ていたら、急に実家の家族の事を思い出した。4人の顔が蛍光灯の光の中にぼやけて見える。そういえば、ここのところ忙しくて、家族の事など完全に忘れてしまっていた。

 

家族に会いに行こう。そう思った。

 

――――――――

 

新宿から特急かいじに乗ってウトウトしていると、目的地である大月駅(山梨県)に到着したようだった。

久しぶりに来た大月駅は、俺が高校の頃に見た景色とは様変わりしていた。駅舎はそうでもないが、一歩駅を出ると綺麗なロータリーが出現していた。昔はただただ狭苦しい車道が一本あっただけで、駅から出てくる学生やらなんやらを待つ送迎の車が、ごちゃごちゃと立ち往生するような場所だった。今になって周りを見てみると、立ち並んでいた汚い建物が取り壊され、車の出入りもスムーズな、スッキリとした広場になっている。こうやって何もかも変わっていくんだろうな、とか思ったりした。

 

俺が大月駅で降りたのには理由があった。

 

母親に「帰省する」という連絡を入れたら、「その日だったら、大月の近くまで行く用事があるね。車で家まで乗っけてくよ」と言われた。実家からかなり離れた位置にある大月駅で降りたのも、そのためである。俺は自動販売機で120円の缶コーヒーを買い、ちびちびと飲みながら迎えを待つことにする。息が白い。

駅舎の壁に背中を預けていると、ポケットに入れていた携帯が鳴った。慌てて取り出した俺は、その着信相手見て驚いた。

弟だった。

俺は弟のことを思い出した。中学校から俺と同じように不登校になり、高校をなんとか出た後に地元の大学に入った。不登校になり始めの頃からどんどん口数が減っていき、大学に入学する頃には1日に一言二言だけ喋るだけになってしまった。

そんな弟から電話があるなんて……。

「……はい、もしもし」

俺は何故か恐る恐る電話に出る。

「あ、もしもし、お兄ちゃん?」

え?

「あ?」

「今どこにいるの? 駅前?」

「おっ……」

ダメだ、言葉が出てこない。何年かぶりに弟に『お兄ちゃん』とか呼ばれて意識が飛んでしまっていた。確かに昔は俺のことをお兄ちゃんって呼んでたな、そういえば。気持ちを落ち着かせる。

「あ、うん、駅前の自販機の近くにいるから……」

「じゃあそこまで行くよ」

言って電話は切れた。

「……」

なんか、上京する前に話した弟の様子と全然違った。あの猫背でぼそぼそ喋るような雰囲気じゃなかった。何かあったのだろうか……。

まあ、車の中で聞けばいいよな。

 

――――――――

 

どうやら弟は、大学に入学した後に知り合った女の子と付き合い始めたらしい。

「大学のクラスで飲み会があって。その時に彼女と連絡先を交換したんだよね」

俺はその話を聞いて、ただ目を丸くすることしかできなかった。大学に入学する前の弟を知っている身からすれば、そもそも日常生活を送ることさえ困難するんじゃないか、という状態だったからだ。

「彼女の方から積極的に連絡を取ってきて……それから色んな所を連れ回されたりで大変だったんだよ」

そう言ったわりには、弟の顔に一切の影は無かった。

 

いつの間に乗れるようになっていたのか、弟の運転する車の中で俺はその『彼女』の写真を見せてもらった。快活で、笑顔の可愛い女の子だった。

それから家に帰る道すがら、俺は弟の彼女の話を、一生マメ鉄砲を喰らい続けた鳩みたいな顔で聞いていた。というか、弟とこんなに話すのは何年ぶりか分からない。少なくとも、上京してからも含めて10年間はまともに話していなかったな、と反芻する。今の弟はまだ『元気でハキハキ』とはいかないが、俺との会話が普通に成立するようになっていた。

 

その時に気がついた。『彼女』の存在が、弟にとって『欠けていた』部分だったのだ。外界との接点。現実との橋渡し。関係の仲介役。昔は、それが欠けていたんだな。俺がついに出来なかった『役目』……。

 

「……」

「どうしたの?」

 

そう思ったら、俺は目頭が熱くなってきた。『良かったね』というありきたりな言葉だけでは言い表せない、何か複雑な感情が湧いてきて、それが抑えきれなくなっていた。

 

「なんでもないよ……」

 

俺は、車窓の外、雪の積もる畑に視線を移した。

もうすぐ家に着きそうだった。

 

――――――――

 

ガラガラと建て付けの悪い玄関の戸を滑らせると、家の奥の方から母親が顔を出した。少し顔の皺が増えたかもしれない。

 

「久しぶりだねぇ~、寒かったでしょ! コタツに入んなよ!」

 

そう言うと、俺を居間に押し込んだ。

そこでは父と姉が掘り炬燵に足を突っ込みながら、テレビを見ている最中だった。

「おお○○! 久しぶりじゃんか!」と父。

俺はハハ、と若干の気恥ずかしさを覚えながら返事をする。何年かぶりの実家で、何か後ろめたさを感じてしまう。

「○○、おかえり」と、姉も声をかけてくる。

「ただいま」と答えると、姉は笑顔を返してくれた。

姉は、昔よりは少し落ち着きが出て、端からは『普通の人』に見えた。子供の頃は色々な理不尽を感じるような出来事ばかりだったのだが、今では『普通の家族』になっていた。

それもこれも、”医学の進歩”のお陰なのだろうか。

 

炬燵の空いている席に着くと、3辺は埋まってしまったので、弟が空いたところに座る。

「おい○○、そこに座ってたらテレビが見えないだろ。もうちょっと避けろ」

左右に頭を動かしながら、父が俺に言う。ちょうど俺の背後にテレビがあったので、邪魔になってしまったらしい。俺は「はいはい」と言って30cmほどずれた位置に座った。座る位置が決まったところで、また父が口を開いた。

「どうだ? 仕事は順調か?」

優しいというか、しみじみといった口調である。

「まぁ……忙しいけど、ちゃんとやっているよ」

俺は苦笑いで返す。

父親は、数年ほど前に定年を迎え、後は退職金と土地収入でこの家と家族を養っていた。最近まで『もう仕事をしなくても良くなったからな!』と、同じく退職した知り合い達と一緒に、宴会に、旅行に、と第二の人生をエンジョイしていた。しかし長年の偏食とヘビースモーカーが祟ったのか、宴会帰りのエレベーターの中で倒れたところを救急車で運ばれてしまった。医者の話によると、もう少しで死ぬところだったらしい。それからはタバコも辞め、母親が作る健康的な料理で毎日暮らしている。健康にはなったのかもしれないが、昔あったような、ある種のエネルギッシュな印象は無くなり、『お茶』と『縁側』が似合うような老人になってしまった。

「たまには帰ってくるんだぞ。お母さんも心配してるから……」

すっかり白くなってしまった髪の毛を撫でながら、声のトーンをひとつ落として俺に言う。

「……そうだね」

守れそうもないな……と内心思いながら、俺は口角の片側だけを吊り上げた。

 

――――――――

 

「ふぅ~~~~~」

 

俺は湯船に肩まで浸かった。

足の指が少し痺れている。さっきまで冷えていたから、そのせいだろう。

 

夕飯の後、しばらくの間テレビで紅白歌合戦を見ていたと思ったら、知らぬ間に日付が変わりそうなほどの時間までダラダラと過ごしてしまったらしい。廊下から顔を出してきた母親から、

「早く風呂に入んなさい! 他の人はみんな入ったよ!」

と急かされてしまった。頭にタオルを巻いて、身体からはホカホカと湯気が立っている。さっきまで風呂に入っていたらしい。周りを見ると、いつの間に入ったのか、父も姉も弟も、みんなパジャマ姿だった。東京にいる時には、日付が変わってからシャワーで済ませる事が多かったので、その習慣が染みついてしまっていた。今は実家に帰ってきたのだから、そのルールに合わせなければならない。俺は渋々といった態度で、着替えとタオルを持って風呂場に向かう。だけど、こういう事を言われるのもなんだか懐かしい気分で、ちょっとニヤついてしまった。一人暮らしが長すぎたのだろうか。

 

足の指や手の先も、だんだんと湯の温度に慣れてきて、心地の良い暖かさが身体の中に伝わってくる。

ふと横を向くと、曇った風呂場の窓から隣の家の光が見えた。昔から家族ぐるみで仲が良かった、高村さんの家だろう。

 

高村さん家も、今日は家族が集まって賑やかなのだろうか。

 

俺は透明な湯を両手のひらに掬い、顔に叩きつけた。

熱いが、冷えた頭にはこれが気持ち良い。

 

それから家族の事を考えた。

 

弟、母、父、姉。

 

ちゃんと家族だった。

 

ちゃんとした家族。

 

これが夢じゃなければ、どれだけ良かっただろう。

 

もうすぐ目が覚める。

 

鐘の音が遠くで聞こえた。