飲み会

世間は夏休みみたいなので、仕事に行きたくなくなるような話をします。

 

――――――――

 

某日。

 

俺は会社の飲み会に参加した。

会社の飲み会と言っても小規模なもので、参加者は10人に満たない位だったと思う。会社全体ではなくて、俺が通う小さな現場の人間だけの、粛々とした飲み会になるはずだった。

 

「え、あの~……まだ仕事も半ばですが、とりあえずお疲れ様~」

 

所長が乾杯の合図をする。

全員が手に持ったビールを掲げ、カチーンと音がした。

 

飲み会は午後9時開始だった。正社員はもちろん、契約社員も混じっている。

そして問題は、その人らが全員40歳オーバーだということだった。

 

「………」

 

飲み会が始まると、賑やかに各々が談笑をし始める。1杯目のビールのグラスは早々に空けられ、ある人はもう一杯のビールを、またある人はレモンサワーを頼む。

俺はというと、隅の方で延々と焼酎の水割りを作っていた。

注文を店員に伝えたり、焼酎の水割りを無限に作り続けるのは、俺みたいに年齢の低い奴の仕事なのである。””””人生の先輩方””””(俺より入社年数が低くても飲み会では年齢が高いほど偉い)のグラスに常に注意を向け、残り5分の1ほどになったら「新しく、入れましょうか?」と声をかける。濃さも先輩の方々それぞれの『適量』を注ぎ込まなければならない。氷も足りなければ追加する。多すぎると怒られる。とにかく神経を尖らせる必要がある。

そんなことをやっていると「○○! ちゃんとメシ食ってるか! お前は呑めないんだからちゃんと食えよ! 呑み会ではなぁ……『呑めるなら呑め! 呑めなければ食え!』ってな!」なんて怒鳴られる。先輩方は年齢の所為なのか、出てくる料理にほとんど手を付けない。『残飯処理』も俺の仕事なのである……。

 

……

 

「○○! この会社で働いた年数はな、お前の方が長いかもしれんけどな? 生きてきた時間は俺の方が長いんだ。そういう人生の先輩からの忠告なんだけどな……」

 

飲み会も中盤に入ると、会話のネタが尽きてきたのか、俺の説教大会になる。先輩方は、若者に説教するのが大好きなのだ。

 

契約社員のおっさん(48歳。入社1年目)が続ける。

「確かにお前は酒も弱いしな、こういう呑み会は辛いかもしれん。でもな、こういう呑み会に参加してこそ、色んなことが話せるんだ。酒の力ってのは凄いもんでな。普段話せないことも、酒があれば話せるんだ。そういう場に参加することは凄く重要だと俺は思う。ここにいる先輩の話は仕事の参考にもなるだろ?……俺はな、仕事はな、確かにお前より出来ないかもしれん。でもな、こういう酒の場を盛り上げることは出来る。これが俺の仕事だと思ってる。こういう場を盛り上げることで普段の仕事も円滑にできるんだ……」

 

「はい」「はい」と、時折「そうですねぇ」を交えながら話を聞く。

この契約社員のおっさんからこの話を聞くのも、もう3回目である。飲み会の度に、同じ話を俺にしてくるのだ。

 

きつい……

 

と、噛み殺していた『あくび』が不意に出てしまう。

 

「は?」

 

契約社員のおっさんの目の色が変わった。

 

「お前、なに?」

「え、い、いや」

「俺の話が、あくびが出るほどつまらないんか?」

「そういうわけじゃ……」

 

「口答えすんな!」

 

頭を殴られる。

 

「……ッ」

 

「ちゃんと先輩の話は聞け」

 

「……すいません」

 

……

 

人の話を聞いてる時に、『あくび』は、”””絶対に”””してはいけないのである。

 

――――――――

 

酒の場はまだまだ続いている。

その喧噪の中、俺には心配事があった。

 

(終電が近いな……)

 

そう、終電である。

それも厄介な終電であった。

 

俺の住んでいるマンションの最寄り駅まで行く電車は、他の人達の電車よりも30分ほど早く出るのである。

というのも、俺以外の人達は、出張で来ているため近場にホテルを取ってあるか、そもそも近所に住んでいる人達だった。

 

このことに飲み会の中盤で気づいたため、「終電があるので帰ります!」と言い出しにくくなってしまった。

 

『他の人間が終電まで飲むつもりなのに、なんでお前だけ先に帰さなきゃいけないんだ?』

 

そう言われるのではないか、という恐怖が頭を掠める……。

 

「……!」「……!!」「!!……!!」

 

笑い声は、酒とタバコの煙の中に大きく響く。

俺の額に汗の粒が浮かぶ。

 

「あの……」

「は?」

 

俺は、所長に勇気を出して伝える。

 

「あの、終電が近いので、お先に失礼したいのですが……」

「え?」

「すいませんが……」

 

耳が熱くなってくる。

 

「なんで?」

「いや、終電が近いので……帰れなくなるので……」

 

同じことを繰り返す俺。

 

「いや、終電はまだだろ。他の人達はまだ大丈夫だって言ってるぞ?」

所長が首を傾げる。

「その、自分の終電だけ、他の方達よりも早くてですね……」

俺は何を伝えたいのか、手を大きく動かす。

 

「お前さ」

 

俺の後ろから声がした。

この位置は、係長である。

 

「そんなのさ、『はい、お疲れ~』ってなると思ってるわけ? この場に水を差すようなことしてさ。 だったら最初から『終電が早いので、早めに失礼することになります。申し訳ありません』とか、もっと早くから言えただろ。何で終電間際になってさ、それを言うわけ?」

 

チクチク俺を攻撃してくる。

 

「す……すいません」

 

「そういう気持ちがあるんだったらさ、ココにいる全員に謝れよ。『申し訳ありませんでした』ってさ」

 

俺は周囲を見回す。

所長や係長、他の正社員や契約社員が全員、俺の方を無言で見ている。

視線が俺の身体に突き刺さってくる。

 

「はっ……」

 

息が苦しくなってくる。

 

「早くやれよ」

 

係長の責めるような声。

 

「………す…」

 

「………」

 

全員の視線は、まだ俺に突き刺さったまま。

俺の頭の中では、この凍り付いたような状況と、あと数分で来てしまう終電に対する焦燥感がグチャグチャに混ざり合っていく。

 

「………っ」

 

俺は。

 

「あ! おい!」

 

自分の分の飲み代(4000円)をテーブルに叩きつけ、店を飛び出していた。

 

ハッ……

 

ハッ……

 

もうすぐ駅だ。

 

終電まであと2分……。

 

「待てやコラァ!!!!!!!」

「……ッッア゛ッ!」

 

背中に衝撃がある。

蹴られた?

 

後ろを振り返ると、契約社員のおっさんが立っていた。

俺の4000円を握りしめて。

 

「お前バカにしてんのか!? 俺らを!!」

「………」

「こんな金受け取れるか!!」

「………」

「オラ……手を出せや!」

「………」

「手ぇ出せつってんだろ!!!!!」

「……す、すいません」

「スイマセンじゃねえだろ、こんな金受け取れねぇつってんだろ!」

「………」

「受け取れねぇならこうした方がマシだ!!」

 

おっさんは目の前で4000円を破り捨てた。

 

「………」

「なんでこんなことをした」

「………」

涙が流れてくる。止められない。

「………」

 

パンっっ!!!!!

 

「………ッ!」

 

俺の顔が横に吹っ飛んだ。

張り手をされたのだ。

 

「帰れよ」

「……す…」

「帰れっつってんだろ!!! 終電があるんだろ!!!!」

 

………

 

俺は背中に契約社員のおっさんの刺さるような視線を感じながら、駅に向かって歩き出す。

 

「……」

 

終電は逃しました。

 

 

 

おわり