お風呂でやりたい放題

24時間風呂というのがあるんですよね。

「24時間風呂って何?」って人もいるかもしれないので説明しておくと、家庭用の風呂でお湯の交換がいらない、つまり24時間お湯を貯めっぱなしにしておける風呂のことです。

ちょっと年齢がいった人であれば「ジャノメの湯名人(ゆーめいじん)♪」というフレーズを、テレビで聞いたことがあるという人も多いんじゃないでしょうか。

 


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このテレビCMで有名だった蛇の目ミシン工業の『湯名人』も24時間風呂です。

風呂に貯めたお湯をポンプで汲み上げて、機械の中でろ過して温め直した後にまた風呂に戻す、という仕組みになっています。

 

うちの山梨の実家にも、そんな24時間風呂が設置されていたわけですが、上で書いた湯名人とはまた違って、浴槽一体型になっており、戻ってくるお湯の噴出口がちょっとしたジャグジーみたいになっているものでした。

 

話は変わるのですが、子供の頃、私は酷いアトピーで悩まされており、定期的に親に連れられて病院に行っては、身体に塗るローションをもらっていました。

かゆみで身体を掻きむしってしまうため、身体中が真っ赤になっていました。

現在になってもその時の「痕」が残っていて、人前に肌が晒せない状態です。

今思えば、24時間風呂だったり、家の部屋がほぼ和室だったり、そんな状況がアトピーを悪化させたんじゃないかという気がするんですが、もう過ぎた話です。

 

さて、我が家のお風呂事情に戻るのですが、先ほどお伝えしたように24時間風呂の噴出口がジャグジーになっており、お風呂に入っている際、私はその噴出口に手を当てたり足を当てたりして遊んでいました。

 

そしてある時気づきます。

 

おちんちんを当てると、とっても気持ちいいことに……

 

その日から、ジャグジーにおちんちんを当てる日々が始まりました。

お風呂に入る前に身体を洗い、湯船に浸かると同時にジャグジーに向けてM字開脚状態になり、おちんちんに手を添えて噴出口に向ける……

そんな日々を送っていると、また新しい気付きを得ます。

 

おちんちんをずっとジャグジーに当てていると、『ある瞬間』めちゃくちゃ気持ちよくなって、その後は力が抜けたような状態になる……そんな裏技があることに。

 

当てている間はずっと気持ちいいのですが、段々と気持ちよさのレベルが高くなっていき、ふとした瞬間に目がチカチカするくらいに気持ちよくなるのです。

ただ、その後もずっと当てていると、身を捩るような刺激(痛いような苦しいような感覚)があり、すぐに噴出口から離れなければいけません。

そういった現象も、ゲームのように楽しんでいたような気がします。

 

そんな毎日が続いたある日、『その時』は訪れます。

 

いつものように身体を洗って湯船に浸かり、いつものようにジャグジーの噴出口におちんちんを近づけます。

 

「お……お……お……」

 

徐々に気持ちよさが高まっていき、ついにその瞬間が来ます。

 

「………!!」

 

刹那、いつもと違う感覚に襲われます。

 

「……!?」

 

おちんちんがどうにかなってしまったのかと思い、下を見ると、なんとお湯の中に白いミミズみたいなものが浮かんでいます。

 

「え、え、え、」

 

ゆらゆらと何本か浮かんでいて、ジャグジーの水流に揺られた後に私の身体にぺちょ……と付着しました。

 

「わ、あ、あ……」

 

と、力の抜けた身体で狼狽える私でしたが、ひとまず体についたその白いミミズを拭ってみます。

どうやらそれはミミズではなく、何やらネバネバした液体のようでした。

指についた白くて粘つく液体を触っていると、ふと思い出しました。

 

そう、それは学校の保健体育で習った『精液』だったのです。

 

まさかとは思いましたが、そうとしか考えられません。

まだおちんちんに毛も生えていないのに、『精通』をしてしまうなんて。

 

射精した後の身体の疲れか、暖かい湯船に浸かって”のぼせ”ているのか、頭がうまく働きません。とにかく、ずっとプカプカ精子を浮かばせているわけにもいかないので、湯船から出て洗面所にあるティッシュを取りに行きます。

お湯の中に浮かぶ精子を手ですくっては、ティッシュで拭いていくという作業を繰り返していると惨めな気持ちになってきました。

お湯の中に射精したことがある人はわかると思いますが、精子はタンパク質なので、お湯の中に射精してしまうと、表面が固まって柔らかいガムみたいな状態になります。それを指から剥がすのにもかなり苦労します。

そうやって30分くらい悪戦苦闘して、湯船の中の精子を取り終えました。

 

もう一度身体を洗う気にもならなかったので、そのまま洗面所で身体を拭き、居間に戻ります。

 

上がってきた私を見て、テレビを見ていたお母さんが声をかけてきました。

「なんか今日、風呂長くなかった?」

「……」

「まあいいや、次お母さんが入るからね」

そう言って、浴室に向かいます。

「……(ドキドキ)」

 

ちゃんと掃除をしたはずなので大丈夫だとは思いますが、精子を撒き散らしたお湯の中に誰かが浸かることを考えたら怖くなってきました。

お願いだから気づかないでくれ……そう祈ります。

 

─── 30分後 ───

 

「出たよ~」

ペタペタとお母さんが出てきました。

「………」

 

「あ、そうだ」

「ギク……」

 

ドキドキドキドキ……

 

「なんか風呂桶の壁にベタベタしたの付いてたんだけど、なんか知ってる?」

 

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい

 

「お……お……し…知らないけどぉ……?」

 

「ふーん」

 

「………」

 

「………」

 

「ま、いいけど。じゃ、早く寝なよ」

 

そう言って、お母さんは台所に歩いていきました。

今日の夕飯の残りをタッパにでも詰めるのでしょうか。

 

「……ハッ……ハッ……」

 

お母さんが気付いているのかいないのかは分からないけど、とりあえず言及はされなかったので、気持ち的に少し落ち着いてきました。

 

父親は今日も夜の11時にならないと帰っきません。

 

私はその後はもう何もする気が起きず、寝ることにしました。

 

それが、私の24時間風呂の思い出です。

 

 

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その後、オナニーを覚えて猿のように繰り返した結果「ゴミ箱から変な臭いがする」と母親から怒られたり。

 

懲りずに24時間風呂のジャグジーで射精して、今度はガチで気づかれたりしたのですが、それはまた別のお話………

 

 

 

 

 

 

おわり(すべてが)

 

 

 

 

 

中学か高校生くらいだった頃、あまりにも俺が学校を休むため、親もいよいよヤバいと思ったのか、県内の『フリースクール』へ行くことを勧められたことがある。母親は知り合いからもらったのか、そのフリースクールのパンフレットを持ってきた。

フリースクールというのは、不登校だったり障害があったりして、学校に馴染めない子供が学校の代わりに通って人間関係に慣れ、不登校を克服するための、『学校の代わりの学校』のような施設である。

わかる人なら分かると思うが、2000年くらいにテレビでやっていたドラマ『キッズ・ウォー』の健一が通っていた「ひまわりの家」みたいなところである。(合ってるか?)

授業はあるけれども、必ずしも受ける必要はない。受けたければ受ければいいし、受けたくなければ受けなければいい。そもそも教室にだって居なくてもいいのである。

そんな感じの場所なので、今学校に行くことができてない俺でも、社会との接点を維持することができるんじゃないか……そんな母親の願いがあったんだと思う。

俺はそもそも『学校』という形態の施設自体が嫌いになっていたのだが、最終的には母親の「行くか行かないかは見学してみて決めればいいから……とりあえずどんな感じか見てみない?」という言葉に半ば押し切られるような形で、そのフリースクールの学校見学に行くことになった。

でも、今思えば、少しの希望みたいなものがあったんだと思う。今は学校を休んでいてゴミみたいな生活をしているような俺でも、社会の一員として認めてもらえるようになるんじゃないか、「まともな人間」になれるんじゃないか、という、そんな希望が。

 

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俺は母親が運転する車に揺られながら、窓から見える景色がどんどん移り変わっていくのを眺めていた。どうやらそのフリースクールという施設は、俺の住んでいる場所から結構離れた場所にあるらしい。

「ほら、着いたよ」

外の景色を眺めていたら、どうやら目的地に着いたみたいだった。

そこは街の中から少し離れた、森の中というか、林の中みたいな場所にあった。

車から降りると、その施設の職員であろう人が出迎えてくれた。

「こんにちは~! 私は○○(施設の名前)の職員です! 今日はよろしくお願いします!」

と、元気の良い声で喋りかけてくる。若い女性だった。

すかさず母親も返事をする。

「あ、今日はよろしくお願いします。……ほら、挨拶して」

俺はそう促されるのだが、

「こ……こんにちは

全然声が出てこない。家に籠もってばかりで、人と話していないからだ。

「こんにちは●●くん! 今日はよろしくね」

そんな俺の返事を聞いても、その職員の人はニコニコしている。

「それでは、今から施設を案内しますので、こちらへどうぞ!」

内心、もう帰りたかった。

 

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建物の中は、かなりキレイだった。

というのも、建ってからそんなに時間が経っていないようで、木の床や白く塗られた壁などからはなんだかリラックスするような匂いがしていた。

「今は授業中なので窓から覗いてみてください」

と、教室のような部屋の窓を指さしながら職員の人が言うので、恐る恐る中を見てみると教師のような人と、机に座って授業を受けている子供のような姿が見えた。

普通の学校のような感じだが、少し違う部分があった。

「いま授業を受けているのは、5人くらいですね~。受けてる子達の歳もバラバラです!」

そう、圧倒的な人数の少なさと『年齢』である。普通の学校であれば、授業に出ている人間の年齢はほぼ一緒になるはず。ところが、この教室にいるのは、小学生のような年齢の子や、中学3年生くらいの子まで色々だった。

「国語や数学といった、明らかに年齢で差が出る科目の授業は違いますが、道徳のような『みんなで一緒になって考える』ような授業に関しては、年齢制限はしていません。この施設の仲間だったら、誰でも参加できるんです! そうやって、子どもたちそれぞれの、いろんな価値観を大切にするような授業してるんですよ~」

と、ニコニコしながら職員の人が教えてくれた。

「………」

その説明を聞きながら、なにか言葉で言い表せない、違和感みたいなものを感じた。

「………」

「じゃあ、次に行きましょうか」

 

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「ここが休憩所です!」

そう言いながら職員の人が手を向けた方を見ると、そこには学校ではまず見ないだろう景色が広がっていた。

「……え?

 

「きゃははははは」

「………」

「う~……う~……」

 

………そこには

 

 

こんな感じの部屋が広がっていた。

 

俺は呆気に取られていると、

「ここは授業を受けたくない子供たちが過ごす場所です! 嫌な授業がある場合はここで遊んでいてもいいですし、なんなら一日中ここに居ても大丈夫です!」

そう笑顔で職員の人が言う。

「あ、ほら、あそこ見えますか?」

職員の人が指差す方を見ると、

「寝ちゃってますね! うふふ……」

中学3年生くらいの男の子が、クッションとクッションの間に挟まりながら寝ていた。

「………」

「こんな感じで、学校に馴染めなかった子たちでも、のびのび生活することができるんですよ~」

笑顔で語る職員。

「………」

それとは裏腹に、俺は自分の頭がどんどん冷めていくのを感じていた。

 

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「今日は案内をしていただきまして、ありがとうございました」

一緒に駐車場に戻ってきた母親が、見送りに来ていた職員の人に言う。

「いえ、こちらこそ! どうですか? ●●くんにも、とっても合っている施設だと思うんですが」

「そうですね~、みんなが楽しそうに生活しているのが伝わってきました」

そう答える母親。

「●●はどう思う?」

俺に尋ねる。

「あ……い……う、ん

どう答えたらいかわからない。

「そっか~。じゃあ、おうちでゆっくり考えてみてね」

ずっとニコニコしている。

「ありがとうございました。それでは……」

俺と母親は車に乗り込む。

車をバックさせ方向転換、施設の出入り口に進んでいく。

「………」

窓から見える職員の人は、俺たちの姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

ずっと。

 

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「………」

「………」

俺は車の窓から景色を眺めている。

「●●、どうだった?」

「………」

「行ってみたい?」

「………」

クッションの間に挟まりながら眠っている男の子の姿が、頭の中に浮かんだ。

「……わからない」

俺がそう言うと、母親はもう何も言わなかった。

 

でも、一つだけわかった事がある。

ああなったら、もう戻れないな、って。

 

 

 

 

 

 

 

四角い窓

「父親の職場を見に行きたいと思います」

そう先生に伝えた。

中学生の頃にあった社会科見学……つまり、職場体験というやつである。

「そうか」

先生は少し渋い顔をする。

「まぁ……できれば家族が働いてる会社じゃなくて、別の会社がいいんだけど」

「……」

「……うーん、まあ、しょうがないか。他にアテもなさそうだし」

「はい……」

 

先生が良い顔をしないのにも理由がある。

本来なら、学校の周辺にある会社へ4~5人で仕事を体験しにいくのが決まりだったからで。

でも、その頃の俺は学校を休みがちになっていて、本来参加するはずだった社会科見学に参加しなかったのだ。

 

「じゃ、そのお父さんの会社で働いてみて、レポートを提出してね」

「わかりました」

 

だから別の日に、俺だけが個別に社会科見学をすることなったのである。

先生からは「家族が働いている会社だと仕事の態度が適当になったりするから、なるべく違う会社を選んで欲しい」と言われていた。

 

でも無理じゃないか?

学校を休みがちの子供に、そんなこと言われても……。

 

「でも『映画館』なんて、珍しい職場だな……」

「……」

 

 

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「今度うちで公開する予定の映画だけど、見るか?」

 

口数の少ない父親が、そう俺に聞いてきた。

夜9時、帰りの遅い父親が遅い夕食を済ませて、居間でくつろいでいる時のことだ。

 

「……なにこれ」

 

父親から受け取ったそれは、何も書いていないVHSテープだった。

いや、背表紙に手書きで文字が書いてある。

 

『BIG FISH(ビッグ・フィッシュ)』

 

映画館で勤めている父親が、自分の劇場で公開する作品を、チェックのためにと借りてきたらしい。

 

「これ、どんな映画なの?」俺がそう聞くと。

 

「嘘つきな男の話」とだけ答えた。

 

それ以上は教えてくれなかったので、あとは映画を見ろ、ということなのだろうか。

 

VHSをデッキに入れて再生ボタンを押すと、映像が流れ出す。

チェック用の映像なのか、画面の下に黒い帯と数字がずっと表示されている。(後で知ったのだが、これはTC(タイムコード)と言うらしい)

 

静まった居間で父親と一緒にその映画を見る。

弟や母親は、早めに風呂に入って寝てしまったので、起きているのは俺と父親の2人だけだった。初めての経験だ。

 

その『BIG FISH』という映画、俺はなんでもないただの映画だと思いながら、けっこう軽い気持ちで見ていた。

ところが、序盤からクライマックスに向かっていくにつれて、これまで映画を見ていて感じたことがないような気持ちがこみ上げてきた。

 

「……」

 

泣いてしまった。なぜか。

 

今まで映画を見て泣いたことなんかなかったのに。

 

「どうだった?」

 

エンディングを迎えた後、そんな俺の状況を知ってか知らずか、父親がたずねてきた。

完全に泣いてしまっている俺は、顔を背けながら答える。

 

「まぁ……面白かったかな」

「そうか」

 

そう言うと父親は、ビデオデッキの停止ボタンを押した。

 

 

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父親が勤める映画館は甲府市にある。

俺の家からはかなり離れていて、父親は毎日1時間以上かけて車で通勤していた。

 

ブーン…

 

「……」

「……」

 

ブーン…

 

出勤の時に一緒に車に乗り込んだのだが、全く会話がない。

いつも父親は『朝起きると出勤していて』『夜寝た後に帰ってくる』存在なので、普段からほとんど会話がないのである。

 

「……」

「……」

 

結局、そのまま職場に到着した。

 

「あ、支配人。おはようございます」

「おはよう」

 

映画館の事務所みたいなところに着くと、スーツを来た若い男性が父親に挨拶をしてきた。

 

「支配人、これが息子さんですか?」

「ああ。じゃあ、俺は奥の部屋にいるから……案内してやって」

「わかりました」

 

父親に指示されていた若い男(20代後半くらい)の後ろについて、映画館の中を歩く。

 

父親が『支配人』と呼ばれていることにものすごく違和感があった。

俺は父親のことを「お父さん」と呼んでいるが、自分の父親が他人からどう呼ばれているかはまったく知らなかったからだ。

俺にとっては「お父さん」以外に考えられないのだが、一歩家から出ると全く別の存在として生きている。不思議な感覚だった。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

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『従業員以外 立ち入り禁止』

 

こういう看板を見ると、今でも訳もなくテンションが上ってしまう。

他の人とは違う、特別な存在になれた気がする。

 

俺を案内してくれている男は、立入禁止の看板を少しずらし、その先のドアを開ける。ドアについている手すりが、何回も人が出入りしているからか、塗装が剥げて本来の金属がむき出しになっている。

ドアをくぐると目の前には上へとあがる長い階段があり、照明がそれを人がギリギリ歩けるくらいの明るさで照らしていた。

そこで働いている人だけが入る前提で作られている空間、といった感じである。

階段を昇った先には真っすぐ伸びた通路があり、その左右には部屋が何個か分かれて並んでいた。

そのうちの一室に通される。

そこは、通路よりも更に暗い部屋だった。

 

「ここが『映写室』だよ」

 

男は言うと、部屋の壁際にある機械を指差す。

 

「で、これが映写機」

 

ここから映画を投影して目の前にあるスクリーンに映し出しているらしい。

今も上映の真っ最中で、その映写機が光を照らす小さい窓から、大きなスクリーンに映画が写っているのが見えた。

どこかの映画で見たことがあるような光景だった。

 

「今はフィルムと電球で映画を流してるんだけど、来年はこの電球がLEDになるんだよ。省エネってやつだね……」

 

男は映写機を指さしながら言った。

 

「なにか質問、ある?」

 

「いえ……あの……」

 

……

 

「特に……ありません」

 

「ふーん」

 

本当に何も浮かばなかった。

今だったら何か、その場で思いついたような質問をいくつかして、後で学校に提出するレポートの足しにするだろうけど。

その時の俺は雰囲気に飲まれてしまって頭が働かなかった。

『どうして何も思いつかないんだ』という自己嫌悪感が頭をもたげてきた。

 

「……」

 

「じゃあ、ちょっと見てく?」

 

男はそういって小さい窓から見えるスクリーンを見た。

 

そのまま、しばらく映画を眺めて過ごした。

なんの映画だったかは覚えていない。

 

 

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関係者エリアから出た後は、事務所に戻ってきた。

今はその事務所の隣にある更衣室で、映画館のスタッフ用の制服に着替えている最中だ。

 

「職場体験なんだから、ちょっとは働いてもらわないと」

 

と男は言うと、何をやらされるかは分からなかったが、とりあえず制服を渡された。

 

事務所には父親もいて、見ると事務用のパソコンでソリティアをやっていた。

家にいる時も、パソコンで同じようにソリティアをやったりピンボールをやったりしていたので、別段なんとも思わなかったが、今思えば職場でそれをやるのは流石に非常識だろ、と思う。

 

そうこうしているうちに着替え終わり、男に連れられるまま事務所を出た。

 

館内のお客さんが入る場所に出て、仕事の説明を受けた。

館内はいくつかのシアターに分かれていて、それぞれのスクリーンで別の映画を上映しているらしい。その上映が始まる前にお客さんからチケットを受け取り、半券をちぎって返す。そして上映が終わる前にデカいゴミ箱を移動させて、シアターから出てくるお客さんの捨てるポップコーンやらコーラやらの空き容器をそこに入れる。ひたすらそれの繰り返しだった。

仕事自体は大したこと無い内容なのだが、どうやら映画が始まって終わるまでの間(つまりずっと)立っていないといけないらしい。

こういうお客商売は、『お客さんから見える場所にいる限りは座ってはいけない』というルールがあるらしかった。

 

家では『縦』になっている時間の方がむしろ短い俺にとって、ただひたすら苦痛だった。

 

チケットをちぎって……

ボーッとして……

ゴミ箱を移動して……

チケットをちぎって……

ゴミ箱を移動して……

チケットをちぎって……

ボーッとして……

ゴミ箱を移動して……

ちぎるチケットが無かったり……

ゴミ箱を移動しなかったり……

移動したり……

ちぎったり……

ボーッとしなかったり……

 

そうこうしている間に仕事は終わった。

正確に言うと、終わらせられた。

 

映画館自体の閉館は21時頃だったのだが、その時間まで子供の俺を働かせるわけにはいかないと言うことで、16時くらいで終了ということになった。特にこれといったトラブルもなく。平穏無事に俺の仕事体験は終わったのだった。

 

いや、もしかしたらそうこうしている間に何かあったのかもしれない。

ただ、ずーっと立っていたことからくる、ふくらはぎの痛みで全部忘れてしまった。

なので特に言うことはない。

 

強いて言うなら、お客が少なかった。

俺が大学に上がる頃に潰れてしまったくらいには。

 

 

====================

 

 

「お疲れ様」

「はい……。ありがとうございました」

 

事務所に戻ってきた俺に、教育係の男が労いの声をかけてくる。

部屋の中には男と、俺の父親だけだった。

父親の方を見ると、事務所の中にあるビデオデッキで何か映画を見ているようだった。

とりあえず、俺は部屋の隅で制服を着替え始める。

 

「支配人。どうですか?」

男が聞く。

父親は開口一番、

「いや、つまんねぇなコレ。なんでこんなのがウケてんだろうね」

と、何かせせら笑うような声で言う。

「まあ、いいんじゃないですか? 今のお客さんはこういうのを求めてるってことで」

男も、何か合意した風な口調で応えた。

 

どうやら、次のシーズンにスクリーンで流す映画の試写的ものをしているようだった。

映画の内容は覚えていないが、超大作映画のパート2、続編みたいなものだったと思う。

 

「ま、客の『入り』が良いからしょうがないわな」

「はは」

そう男に言いながら、父親は適当に早送りして最後まで見た後、ビデオデッキを止めた。

 

「おい、帰る準備できたか?」

俺の方を振り向き、父親は言う。

「あ、う、うん、できた」

俺の方はもうすっかり着替え終わっており、手持ち無沙汰に部屋をうろうろしている状態だった。

「じゃあ、俺は帰るから。あとよろしく頼んだぞ」

父親は男にいう。

「了解しました、支配人。……あ、あと」

ふと俺の方を向く男。

「これ、帰りに食べて」

 

 

====================

 

 

ブーン…

 

「………」

「………」

 

ブーン…

 

車を運転しながらタバコを吸っている。

もちろん、俺ではなく父親だ。

車にはヤニの臭いがついて、取れなくなっていた。

 

この臭いを吸うと気分が悪くなる。

タバコは嫌いだ。

 

「………」

「おい」

 

父親が俺に急に声をかけてきた。

 

「な、なに……」

「食わないのか? それ」

 

俺が手に持っているものを指差す。

 

じゃがりこ サラダ味』

 

映画館で、従業員の男から帰り際に渡されたお菓子だった。

 

「い、いや、いい、家で食べる」

「……あっそ、勝手にしろ」

「………」

 

ブーン…

 

「………」

 

ブーン…

 

食べたくないから、この臭い車の中で。

 

って……

 

言わないけどさ……

 

 

……

 

 

車が少し揺れた。

 

 

 

あいにくの雨で

昔から地元のことが嫌いで仕方がなかった。

Twitterでは「○○県民にしか分からないもの!」みたいな感じで、ご当地グルメだったり限られた地域にしか展開していないスーパーだったりが、何万リツイートされたりして盛り上がったりする。

正直本当に気持ち悪い。

みんなそんなに自分の住んでいた地域が好きなわけ?

 

「地元が最高だ!」

という人は例外なく、充実した子供時代を送っている。

小学校では友達と一緒にサッカーをし、中学校に上がってからはちょっと悪ぶれて仲間と一緒に校舎に落書きをし、高校に入学してしばらくしたら好きな女の子ができて初めてデートを経験しちゃったりなんかして……。

そういう感じの、『似たような集団の中で自分は一定の立ち位置を得ている』という経験をしている。

だから、地元に居場所がある。

だから、地元が好きなんだ。

そう結論づけました。

 

そんな、『地元に居場所がある人達』とはほとんど関わりなく、家でシコシコ””棒””を擦ったりボタンを押したりしていた俺からすると、そういう集団がウヨウヨいる地元っていうのは、とにかく居心地が悪くて仕方がない。

そういうのに馴染めなかった俺が悪いんだけどね。

 

まあ、そうやって現実から逃げてずっと家に閉じこもっていたおかげで、一生ゲーム音楽を聴いて感動したり、プレイステーションで発売された『ゼノギアス』というゲームを何周もクリアしたり、『みんなのゴルフ4』で得意なコースを22アンダーで回ったりできたわけで、それが今の俺を形作っているんだよな。

 

まあ、良いか悪いかで言ったら。

 

悪いけど。

 

で。

 

そういえば最近、実家に久しぶりに帰りました。

コロナウイルスが流行りだしてからは「うつすと悪いし……」とか理由を付けて帰っていなかったんですよね。

本当の理由は、単純に『帰るのが嫌』だったからなんだけど。

でも、さすがに3年も帰ってなかったら、何となく悪いなって気持ちがしてきました。

 

ちょっとね。

 

さて、閑散とした北九州空港から空路で羽田空港に降り立ち、会社の研修を受けた後に、『バスタ新宿』とかいう謎の施設から高速バスに揺られて山梨方面へ。

九州とか東京でこんだけ寒いんだから、実家はもっと寒いんだろうなと思って、バスに乗る前にコンビニでふわふわした手袋を買った。

最初はすし詰め状態になっていた高速バスの車内は、停車するたびにどんどん空席だらけになっていく。

そうやっていよいよ俺と運転手だけになったバスの中。

外が暗くて、今自分がどこを走っているのかわからない。

車内にある案内に、実家の最寄りのバス停が表示される。

終点近くにあるそのバス停で降りると、辺りが霧に包まれて、少し雨も降っていた。

 

そして、驚くほど暖かかった。

 

ふわふわ手袋が無駄になったな……とか思いつつ、実家がある方向に歩みを進める。

とぼとぼ歩いていると、街灯も少ない暗闇の中に、当時俺が通っていた小学校の入り口が見えてきた。

 

この道を通ると、いつも嫌なことを思い出す。

学校生活に馴染めなかったこととか、この門をくぐるのが嫌でずっと立ち竦んでたこととか……。

学校生活が楽しかったなら、こういう場所も淡い郷愁に浸れる場所になったのか?

まあ、そういうことを思うのも、女々しいんだろうね。

過ぎた日々は変えることができない。

 

実家に着いた。

 

この扉を開けると、年老いた父と母、生きているか死んでいるかわからない弟、未来の無い姉が待っている。

 

ああ……

 

「開けたくないなぁ……」

 

でも開けなきゃいけないんだろうな。

 

やっぱり。

 

 

 

 

ファミマのシュウマイ弁当に付いてるしょうゆをシュウマイにかけて、残ったしょうゆをご飯にかけてたら、子供の頃にお母さんを怒らせた次の日の朝食がご飯にしょうゆをかけただけの『しょうゆご飯』になったの思い出した。

 

それはそうとファミマのシュウマイ弁当は旨い。

いつも食ってます。