中学か高校生くらいだった頃、あまりにも俺が学校を休むため、親もいよいよヤバいと思ったのか、県内の『フリースクール』へ行くことを勧められたことがある。母親は知り合いからもらったのか、そのフリースクールのパンフレットを持ってきた。

フリースクールというのは、不登校だったり障害があったりして、学校に馴染めない子供が学校の代わりに通って人間関係に慣れ、不登校を克服するための、『学校の代わりの学校』のような施設である。

わかる人なら分かると思うが、2000年くらいにテレビでやっていたドラマ『キッズ・ウォー』の健一が通っていた「ひまわりの家」みたいなところである。(合ってるか?)

授業はあるけれども、必ずしも受ける必要はない。受けたければ受ければいいし、受けたくなければ受けなければいい。そもそも教室にだって居なくてもいいのである。

そんな感じの場所なので、今学校に行くことができてない俺でも、社会との接点を維持することができるんじゃないか……そんな母親の願いがあったんだと思う。

俺はそもそも『学校』という形態の施設自体が嫌いになっていたのだが、最終的には母親の「行くか行かないかは見学してみて決めればいいから……とりあえずどんな感じか見てみない?」という言葉に半ば押し切られるような形で、そのフリースクールの学校見学に行くことになった。

でも、今思えば、少しの希望みたいなものがあったんだと思う。今は学校を休んでいてゴミみたいな生活をしているような俺でも、社会の一員として認めてもらえるようになるんじゃないか、「まともな人間」になれるんじゃないか、という、そんな希望が。

 

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俺は母親が運転する車に揺られながら、窓から見える景色がどんどん移り変わっていくのを眺めていた。どうやらそのフリースクールという施設は、俺の住んでいる場所から結構離れた場所にあるらしい。

「ほら、着いたよ」

外の景色を眺めていたら、どうやら目的地に着いたみたいだった。

そこは街の中から少し離れた、森の中というか、林の中みたいな場所にあった。

車から降りると、その施設の職員であろう人が出迎えてくれた。

「こんにちは~! 私は○○(施設の名前)の職員です! 今日はよろしくお願いします!」

と、元気の良い声で喋りかけてくる。若い女性だった。

すかさず母親も返事をする。

「あ、今日はよろしくお願いします。……ほら、挨拶して」

俺はそう促されるのだが、

「こ……こんにちは

全然声が出てこない。家に籠もってばかりで、人と話していないからだ。

「こんにちは●●くん! 今日はよろしくね」

そんな俺の返事を聞いても、その職員の人はニコニコしている。

「それでは、今から施設を案内しますので、こちらへどうぞ!」

内心、もう帰りたかった。

 

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建物の中は、かなりキレイだった。

というのも、建ってからそんなに時間が経っていないようで、木の床や白く塗られた壁などからはなんだかリラックスするような匂いがしていた。

「今は授業中なので窓から覗いてみてください」

と、教室のような部屋の窓を指さしながら職員の人が言うので、恐る恐る中を見てみると教師のような人と、机に座って授業を受けている子供のような姿が見えた。

普通の学校のような感じだが、少し違う部分があった。

「いま授業を受けているのは、5人くらいですね~。受けてる子達の歳もバラバラです!」

そう、圧倒的な人数の少なさと『年齢』である。普通の学校であれば、授業に出ている人間の年齢はほぼ一緒になるはず。ところが、この教室にいるのは、小学生のような年齢の子や、中学3年生くらいの子まで色々だった。

「国語や数学といった、明らかに年齢で差が出る科目の授業は違いますが、道徳のような『みんなで一緒になって考える』ような授業に関しては、年齢制限はしていません。この施設の仲間だったら、誰でも参加できるんです! そうやって、子どもたちそれぞれの、いろんな価値観を大切にするような授業してるんですよ~」

と、ニコニコしながら職員の人が教えてくれた。

「………」

その説明を聞きながら、なにか言葉で言い表せない、違和感みたいなものを感じた。

「………」

「じゃあ、次に行きましょうか」

 

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「ここが休憩所です!」

そう言いながら職員の人が手を向けた方を見ると、そこには学校ではまず見ないだろう景色が広がっていた。

「……え?

 

「きゃははははは」

「………」

「う~……う~……」

 

………そこには

 

 

こんな感じの部屋が広がっていた。

 

俺は呆気に取られていると、

「ここは授業を受けたくない子供たちが過ごす場所です! 嫌な授業がある場合はここで遊んでいてもいいですし、なんなら一日中ここに居ても大丈夫です!」

そう笑顔で職員の人が言う。

「あ、ほら、あそこ見えますか?」

職員の人が指差す方を見ると、

「寝ちゃってますね! うふふ……」

中学3年生くらいの男の子が、クッションとクッションの間に挟まりながら寝ていた。

「………」

「こんな感じで、学校に馴染めなかった子たちでも、のびのび生活することができるんですよ~」

笑顔で語る職員。

「………」

それとは裏腹に、俺は自分の頭がどんどん冷めていくのを感じていた。

 

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「今日は案内をしていただきまして、ありがとうございました」

一緒に駐車場に戻ってきた母親が、見送りに来ていた職員の人に言う。

「いえ、こちらこそ! どうですか? ●●くんにも、とっても合っている施設だと思うんですが」

「そうですね~、みんなが楽しそうに生活しているのが伝わってきました」

そう答える母親。

「●●はどう思う?」

俺に尋ねる。

「あ……い……う、ん

どう答えたらいかわからない。

「そっか~。じゃあ、おうちでゆっくり考えてみてね」

ずっとニコニコしている。

「ありがとうございました。それでは……」

俺と母親は車に乗り込む。

車をバックさせ方向転換、施設の出入り口に進んでいく。

「………」

窓から見える職員の人は、俺たちの姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

ずっと。

 

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「………」

「………」

俺は車の窓から景色を眺めている。

「●●、どうだった?」

「………」

「行ってみたい?」

「………」

クッションの間に挟まりながら眠っている男の子の姿が、頭の中に浮かんだ。

「……わからない」

俺がそう言うと、母親はもう何も言わなかった。

 

でも、一つだけわかった事がある。

ああなったら、もう戻れないな、って。