挨拶

福岡に引っ越してきた時に、変なオッサンに遭遇した。

 

朝、出勤途中の横断歩道。信号待ちをしていると、

 

「おはようございます!!!」

 

と、後ろから急に声をかけられた。

振り向くと、頭のハゲた40代~50代くらいのオッサンが立っている。

手を体の横にピッタリとくっつけ、背筋をビシッと伸ばした直立不動の姿勢。

明らかに普通じゃない雰囲気だったのだが、挨拶されたからには返事をしなきゃ、と思い「お、……おはようございます……」と恐る恐る答える。

 

するとオッサンは、

 

「今日は水曜日です!!!」

 

と叫んだ。

 

「………」

 

確かに今日は水曜日だったのだが、なぜそれを俺に向かって叫んでいるのか。

理由が分からない。

なぜ?

 

「…お………」

 

俺がどう答えていいのか分からずにモゴモゴしていると、オッサンは俺の返事を待たずに、サッサと横断歩道を渡っていった。

 

信号は青に変わっていた。

 

 

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その後も、ある一定の時間に出勤すると、

「おはようございます!!! 今日は木曜日です!!!」

「おはようございます!!! 今日は金曜日です!!!」

と、今日の曜日を叫びながら闊歩するオッサンに遭遇した。

 

何度も会ううちに、どうやら毎日こういった行動をしているらしい、ということが分かってきた。

いつも一定の時間に散歩かなにかをしていて、そこで会う人会う人に、同じセリフを叫んでいるようだった。

 

あまりにも謎で。

この人間は一体何者なのか。

 

転勤してきたばかりで近所に知り合いもいないから、素性を聞こうにも話す相手がいない。

とはいえ、急に話しかけられてビックリする以外に特にこれといった害は無いので、とりあえずはスルーしておこう、と決めた。

 

 

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そんな「曜日おじさん」だが、それから数ヶ月して、パッタリと姿を見せなくなった。

 

朝、会社に出勤しても、夜、帰路につく時も、そのオッサンと会うことはなくなった。

それから今まで一度も会っていない。

なんなら、今このブログを書くときまでほとんど忘れていた。

思い出したのも、近所のスーパーで「今日は木曜日! ○○の日です!!」と、セールか何かの店内放送が流れていたからだ。

 

ほとんど毎日会っていたのに、当時はかなりのショックを受けたはずなのに、こんなにも簡単に忘れてしまう。

 

たとえば、今からすぐに俺が死んだとして、Twitterやブログを書かなくなったとして、俺のことを忘れないでいてくれる人っているのか。

ちょっと数ヶ月、数年経ったら、みんな忘れてしまうんだろうか。

 

まぁ、忘れて欲しいこともあるけど。

 

そんなことを考えちゃった。